ぼくは、残り香漂う空のペットボトルを手のひらで転がした。
もも味の炭酸飲料で、けっこう美味しかったんだけどなあ。
「トイレいってきていいかな」
「いいよ」
隣で眠る裸の女の子に許可を取って、ぼくは用を足す。
股間の先から出ていく尿は、さっきコンドームに出した精液と同じ匂いがした。
気のせいか。
「ただいま」
ぼくはベットの柵をひょい、と飛び越えて彼女の隣に着地する。
ベットが緩く軋んだ音を聞いて、重たい頭を枕に置いた。
「おかえりー」
可愛らしいふわふわした声だというのに、このいやらしさはなんだろう。
彼女は挨拶するのと同じような気軽さで、唇をこちらに押し付けた。
舌が前歯に触れて、唾液が飛び交う卑猥な音が立つ。
「まさか、14歳を抱くとはね。ね、14歳」
唾液が糸を引いて、お喋りの邪魔をした。
彼女のぱっちりした二重が瞬いたはず、うん、可愛い。
「そうだね、20歳」
ぼくは彼女の股に手を伸ばして、ぐにぐにと指を中に入れた。
あちこちの細胞が、股間に疼くのが分かる。
掻き回すと、彼女が小さく喘ぐ。
それを聞いて、ぼくは彼女の中から指を引き抜いた。
ねっとりとした粘着質な液体を、指紋の上で転がして、引き延ばしてみる。
上でぼくたちを照らしている電球に指を翳すと、その液体を通して白い世界が見えた。
「ちょっと寒い」
彼女は少し声のボリュームを増させて、呟いた。
「こっちおいで」
彼女のやや膨らんだ胸がぼくの胸板に当たる、この大きさは成長途中だと思いたい。
―――ぼくは今、妹のともだちに現を抜かしている。
あらぬことに相手は中学生2年生、ばりばりの思春期少女。
「ねえ、ぼくのこと好き?」
ぼくは、彼女に訪ねる。
前、彼女と裸で寝たときも同じ質問をした。
「好きだと思うよ」
彼女は、やけにぱっきりした返事をする。
緩やかに彼女が立てる波音に、ちょっぴり酔いそうになった。
しばらく彼女の方向を向いていると、彼女はふわあと潰れた欠伸をした。
「嘘。本当は大好き」
ちゅっ、とぼくの唇に触れてくれた。
「知ってた」
仕返しのつもりではないけど、ぼくも軽く紳士的に彼女の唇に触れる。
ふたりきりの世界に思えた。
ぼくは彼女の腰に手を回して、密着していた体をさらに密着させる。
彼女の肩に顎を乗せると、彼女も同じように真似をした。
ふと、ぼくは今抱き締めている生命体が“詩月”ではないような気がしてきた。
生温かく、ひっそりと秘密に震える人間。
ぼくは疑心を持って、くっついていた彼女を引き剥がす。
「ねえ、最初から思ってることを言っていいかな?」
「うん、いいよ」
彼女は笑っているはず。
だから、ぼくも笑ってみることにした。
「妹さんよ、何でこんなことをしているのかな?」
彼女、―————ぼくの妹は表情をなくした。
死んだのかと思って、妹の頬をぺちぺち叩くと、妹は瞬きをする。
「ごめんなさい」
裸の妹は、ぼくの酸素に似た二酸化炭素に晒された胸板に額をつける。
ぴとり。
ぺちゃり、何となくだけど、涙がぼくの胸を濡らしているのが分かった。
ぼくはどうすれば良いか分からなくなって、しばらくそのままでいる。
「ねえ、こんなこと言うのもなんだけどね。詩月ちゃんはどうしたの?」
できるだけ、怠惰に言ったつもりだった。
だけど、ぼくの声はぼくじゃないみたいで、何となく、怖かった。
妹が流す涙の量が、ちょっぴり多くなる。
「こ、殺した」
ぼくは予想内の返答に納得したあと、見えない妹に呟く。
「ぼくのこと、好きだったの?」
ぼくは、妹に訪ねる。
「ずっとずっとずっと、お兄ちゃんのこと、好きだった」
「そっか」
ぼくは目を瞑る、といっても目を瞑っても瞑らなくてもあんまり変わらないな。
少し湿ったベットは、緩く軋んだままだ。
「ぼくは、視力が悪いからね。詩月ちゃんさえ殺しちゃえば、ぼくはきみのものだから」
―――この通り、ぼくは視力が悪い。
突発性、えっと、なんちゃら症候群だったっけ。
2年前、ぼくの視力は急激に落ちた。
といっても、完全に見えないわけじゃない。
人の形がぼんやり見える程度、かなあ。
だから。
目の前にいる人間が、誰が誰だかよく分からない。
あんがい声では分からなくて、名乗って貰えないとよく分からない。
「あのね、何でぼくがきみを妹だと分かったか分かる?」
「・・・分からない」
ぼくの好きな人は、ぼくがいつも一緒に寝ていたのは、妹のともだちの詩月ちゃんだった。
まあ、今日は詩月ちゃんのふりをした妹だったけど。
結局、詩月ちゃんを殺してぼくを手に入れたぼくの妹を、僕は猛烈に憎みたかった。
―――だけど、ぼくの妹は妹だった。
挙句の果てに、ぼくは妹の腰に手を回してきゅっと抱き寄せる。
「詩月ちゃんの胸はね、案外大きいんだよ」
詩月ちゃんはあんまり喋ることをしなかった。
だから、ぼくは詩月ちゃんの声を覚えるまで聞いたことがない。
だけど、詩月ちゃんの体のライン、温度、感触は手に取るように分かる。
ぼくたちは、恋人だったから。
「・・・私って、詩月に1つも勝てないんだね」
ぼくの愛しい妹は、少し涙ぐんだような少し笑ったような、変な声でいう。
妹から注がれる無条件の好意は、ぼくには受け取れないな。
「だって、詩月ちゃんよりきみの方が成績は良い。だけど、ぼくは少し馬鹿なくらいの女の子が好きなんだ。ぼくの基準だと、きみは詩月ちゃんに全て負けるよ」
ぼくはぼんやり霧がかかっている、ぼくの妹を見た。
妹がどんな表情で、どんな髪型をしてるかは、ぼくには到底知れなかった。
「そっか、そうか。私は、負ける勝負に意固地になって、結局ルールに反則した」
「そう、人を殺してね」
ぼくは、ぼくの妹が詩月ちゃんを殺す場面を想像した。
何となくだけど、死んでも詩月ちゃんは美しい気がしてならなかった。
血液の香りがついた妹は、その場で泣き叫んだのかな。
それとも、動じないでどこかに隠したのかな。死体を。
「じゃあ、お兄ちゃんも殺すのかな?」
ぼくは妹に訊いた、実はさっきから首筋に刃物みたいなものが押し付けられてる。
どくどくどくと、動脈が激しく暴れているのが聞こえた。
「殺しても、良いよね?事実を知るのは私だけで良いし。それに、私とセックスした直後のお兄ちゃんを、そのままで保存していたい」
誰にも気付かれないような、そんな囁き声で。
「良いよ」
ぼくは妹に命絶たれるのも、良いかなあ、何て考えてた。
それに、詩月ちゃんのいない世界にぼくは存在していたくない。
―――妹に殺されなくても、自殺してたかな。
「じゃあね、お兄ちゃん。愛しているよ」
擦り切れた痛みはほんの一瞬で、その後、温かくて柔らかいものに包まれた気がした。
口を開いて最期の言葉でも言おうとしたけど、ごぼごぼと何かが邪魔する。
「げほ、げほ、ごぼぼ」
「何?大好きなお兄ちゃん」
嗚呼、寒い寒い寒い寒い。
死ぬ?
死にそうだ、死にそうだ死にそうだ死にそうだ。

あああああああああ
あ 
                  あ
        ああああ
                        あ
ああ 
            あ
                             あ




詩月ちゃん詩月ちゃん詩月ちゃん詩月ちゃん詩月ちゃん詩月ちゃん
し づ き ち ゃ ん
「し、詩月ちゃん、大好、き」
言えないと思ってた言葉を言って、ぼくは、死んだ。

死んだ。