……夫としての管理なんか、最初から、できるとは思ってない。

マネージメントするバンドのメンバーとして、最低限、把握できていればよかった。

しかし、夫になったことで……それすら、放棄しようとしている……。

このままでは、今後、仕事に支障を来たすしてしまうかもしれない。


りう子は、慄然とした。

このままでは、いけない……。





その夜、雅人が訪ねて来た。

珍しく、表情がかたい。

緊張してるようだ。

「……どうしたの?入らないの?」

玄関先に立ち尽くしたままの雅人に、りう子は穏やかにそう言った。

「……うん……あ、お邪魔します……。」

声までかたい。

一大決心をしてきた……というところかしら。


雅人が婚姻届を持って来た夜から、まだ1ヶ月たっていない。

一緒に過ごした時間なんて、ほとんどない。

それでも、妻と夫であることには変わりない。

なかったことにするには、離婚届に記入して、区役所に提出しなければいけない。


「どうぞ。一応、尾崎の家よ?ここ。」

今は、まだ……そう付け加えそうになって、りう子は思わず言葉と一緒に息を飲み込んだ。


雅人は、苦笑した。

「俺、滝沢なんだよね?……一応……」

今は、まだ……雅人もまた、言葉を飲み込んだ。


言わなくても、わかる。

2人は見つめ合って、苦笑して、……それぞれ、顔をそむけて、ため息をついた。


どうしてこうなってしまったのだろう……。

ああ、めんどくさい。

段々、イライラしてきたわ。


りう子は、顔を上げて、雅人を睨んだ。

「夕べ、ホテルに泊ってないって?あそこは、当日キャンセルでも連絡すれば、ちゃんと返金してくれるの!……せこいこと言うようだけど、今は1泊の宿泊費だってもったいないの!……次から、気をつけて。」

「……次……。」

雅人の顔が、ゆらっと歪んだ。



あ、こいつ……開き直ったわ!

りう子は、雅人の目が据わったことに、多少の恐怖を感じて、じりじりと後ずさりした。



雅人は、りう子が怯えたことに気づいて、慌てて両手の拳をぎゅっと握って、うつむいた。

脅しに来たわけじゃない。

離婚してほしいとお願いしに来たのに……。