何度でもあなたをつかまえる

これ以上の幸せはない。

ちゃんと、わかってる。

なのに、俺は……。

どうして、こんなことになってしまったのだろう。


ぶるっと、雅人は頭を振った。

最愛の女を腕に抱く至福の時間に、戸籍上の妻のことを思い出したくもなかった。

いや。

それでは、妻となった女性に失礼だろう。


実際、りう子は、できた女だ。

IDEAを心から応援してくれる、優秀な女性スタッフ……。

金のない俺達を食わしてくれる優しい面倒見のいい女だ。

酔った勢いで、ついヤッてしまったけれど、IDEAのためには迂闊なことをすべきではなかった。

今となっては、悔んでも悔やみきれない。

りう子の処女を散らし、余計なストレスを与え、……生理を大幅に遅れさせたのも、俺の責任だ。


そんなこと……かほりに、言えるわけがない……。


情けなくて、くやしくて、いたたまれない想いを、無理やり飲み込んだ。

懺悔したほうが、ずっと楽だ。

でも、雅人は、かほりにだけは、……情けない自分を見せたくなかった。


大学を決めた時も、そうだった。

今から思えば、変な意地を張ってしまっていたと思う。

親をアテにできない雅人にとって、大学への進学は当たり前ではなかった。

もちろん、かほりは、雅人が自分と同じ音大に入ることを切望していた。

かほりの願いを叶えることは、雅人の技術と偏差値的にはたやすかった。

でも、私立の音大は授業料が高すぎる。


雅人の選択肢は3つ。

授業料の比較的安価な国立の芸大を受験してバイトと奨学金で授業料を払うか。

授業料免除と返済不要の奨学金付与の約束された私大の特待生になるか。

かほりの父が代表を勤める財団から奨学金をもらうという形をとって、かほりと同じ音大の高い授業料を出してもらうか。


雅人は、結局、特待生の道を選んだ。

かほりと、かほりの父にこれ以上、甘えて……負目を感じたくはなかった。


かほりには、受験直前に伝えた。

「……そう。でも、これまでと何も変わらないわよね?」

前向きというより、絆が切れてしまわないことを強調するために、かほりはそんな風に言った。