何度でもあなたをつかまえる

雅人の中で、かほりへの恋慕が爆発した。


涙だ……。

雅人が、泣いてる……。


それを見ると、逆に、かほりの心がすーっと、落ち着いた。

そして、確信した。

雅人は私を愛してる。

心から、私を求めてる。


余裕が生じたかほりは、スマホを手にとって雅人に指し示した。

後で電話して、と。


かほりの意図を理解できたらしく、雅人は力強くうなずいてから、涙を拭った。

そして、何事もなかったかのように振り返ってステージの2人に言った。

「はい。リクエストいただきましたー。『Ne me quitte pas』。」


何も言ってない。

かほりは、キョトンとした。

ぬむ……きとぱ?

どういう意味?

曲名なのよね?


でも、雅人は、他の人に見えないように、かほりにウインクしてから、声を張って言った。

「ジャック・ブレルですね。知ってる人ー!……お、お兄さん、ご存じですか!いいですよねー。女々しいけど。邦題は、『行かないで』。」

雅人はそう言って、器用にミュゼットを弾きながら……歌うというよりも、切ないセリフを独白するように、フランス語らしき言葉を繰り返した。


ぬむきとぱ……ぬむきとぱ……。

まるで、呪文のような不思議な言葉。

ドラクエの復活の呪文みたいに滑稽なのに、その歌には、雅人の血を吐くような想いが込められている。

囁いて、せつなく懇願して、歌い上げる……。


かほりも、大半の客も、ステージの2人さえも、この曲を知らない。

フランス語もわからないので歌詞の見当もつかない。

でも、雅人がかほりに懺悔して、俺を置いて行かないでくれ、と懇願してることが、かほりにだけは正確に伝わった。



最後は、「黒い鷲」。

魂を揺さぶるような歌い上げ系のシャンソンを、3人は美しく分厚いハーモニーで、さらに感動的に仕立て上げた。

これは……すごい……。

客席からすすり泣きが聞こえてきた。



ステージが終わると、先ほどの店員がわざわざやってきた。

「いかがでした?いいバンドやと思いません?厨房で聞いてる僕らも、泣けましたよ。……評判いいんで、来月もオファーするみたいです。日程決まったら店のフェイスブックにアップしますんで、またお越しください。」