何度でもあなたをつかまえる

そのあと、雅人だけがいちど脇へ引っ込み、バロックオーボエを持って再び現れた。

ここからは、スタンダードジャズ。

ふつうならサックスやトランペットといった金管楽器のパートを雅人がバロックオーボエで吹いた。

もちろん、雅人が普通にメロディー通り吹くはずもなく……ソロパートは、完全にバロック音楽。

久しぶりに聞いた雅人のオーボエが、かほりの胸に染み入る……。

華やかな宮廷音楽も、明るい草原の牧歌も、煙草臭い暗い店のジャズライブでも、雅人が奏でるなら、何でもいい。

大好き……。

張り詰めていたモノが溶けていく……。

かほりは、ただ、雅人への愛情で満たされた。



古いジャズを4曲演奏したあと、雅人がまた一旦引っ込んだ。

そして、横から持ってきたのは、ものすごく珍しい楽器だった。

ツィター!?

「アントン・カラスか?」

近くの男性がつぶやいた。


ライトが絞られ、雅人1人にスポットが当たる。

静寂のなか、小気味がいいのに哀愁のある音楽が奏でられた。

映画『第三の男』の主題歌だ。

……いつの間に、こんな楽器まで……。


短い曲が終わると、ライトが両隣の普段にも当たった。

茂木がいつの間にかコントラバスを抱えて座っていた。

一条がアコースティックギターで前奏を始める。

雅人はツィターをそっと脇に置くと、再びアコースティックギターを抱えた。


……はじめて聞く曲だった。

フォークソングでも、スタンダードでもない。

力強い、メッセージ性の強い、熱い曲。

IDEAのオリジナルソングだろうか。


♪後悔してないと言えば嘘になる

 二度と戻らない君との時間♪


歌詞が、かほりの胸に突き刺さった。

雅人の顔が……泣いているように見えた……。


♪もう一度ここから始めよう

 過去を未来に変えて♪


IDEAのオリジナルソングのほとんどは、一条が作っている。

茂木は歌、雅人は楽器……と、得意分野がハッキリしているため、どちらも2人ほど秀でていない一条が、文学好きを活かして作詞を始めた。

今では、作曲もほとんどが一条の手による。


一条がこの歌詞に込めたのは、失った自分の恋だろうか……それとも、IDEAそのものだろうか……。