何度でもあなたをつかまえる

そうだ……。

アイドルとしてメジャーデビューする前は、知ってるヒトは少なくても、いいバンドだった。

一度ステージを見れば、その実力とサービス精神に、リピーターが増え続けた。


彼らは、最初からやり直ししてるのね。

そう……。

かほりはこみ上げてきた涙を見られないよう、少し顔をそむけて、うなずいた。


メニューを見ると、アルコールだけでなく食事も充実しているようだ。

昨日から空腹を感じる余裕もなかったかほりは、たぶん空っぽの胃をいたわって、コーンスープとサンドイッチを注文した。


落ち着いているつもりだったけれど……機内食にも手を付けられなかったのね、私。

苦笑しつつ、壁に貼り付けたチラシを眺めた。

ライブスケジュールらしい。

この店では、毎日、生演奏が聞けるようだ。

知らない名前のミュージシャンやバンドが名を連ねるなか、IDEAの文字を見ると……、さっきは我慢できた涙が再びこみ上げてきた。


タイミングよく店員がスープを持って来たので、取り繕って無理矢理引っ込めた。

食事は、普通に美味しかった。

スープだけでなく、サンドイッチもペロリと平らげることができた。

食後にコーヒーを追加注文していると……出てきた……。

雅人が……そして、他の2人もウロウロし始めた。

スタッフがいないから、セッティングも全て自分達でするようだ。

3人とも慣れた様子で準備を調えている。


前方に座っていた女性2人が、彼らに近づいた。

プレゼントか手紙か……何か、小さなモノを一条に渡したようだ。

続いて、他の女性も前に出てきて、雅人に小さな紙袋を渡した。

……かつてよく見た光景だった。


東京から、わざわざIDEAを追いかけて来たファンなのだろうか。

それとも、大阪にもIDEAのファンがいるのだろうか。


考えてみれば1年半ぶりの日本。

IDEAのことだけでなく、浦島太郎状態の自分に気づいた。

もっとも、かほりはもともと流行にも芸能界にも疎いのだけど。


「はじまりますよ。……前に行きたくなったら、遠慮なく移動してくださいね。」

コーヒーを運んでくれた店員が、わざわざそんな風に言ってくれた。

「ありがとうございます。」

お礼を言ったけれど、かほりにココから動く気はなかった。