何度でもあなたをつかまえる

千秋は優しい声で言った。

『私が元気なうちに、な。』

この先、かほりがプロの演奏家になるか……チェンバロの指導者になるか……皇室にでも嫁がない限り、チェンバロと関わって生きることは間違いないだろう。

愛する娘のために、なるべくいい楽器を残してやりたい。

息子の千歳は、そこまで楽器に愛情も金もかけまい。

かほりの伴侶となる男も……アテにはできまい。


……雅人くん……。

長い目で見て、かほりを幸せにしてくれる男じゃないかもしれない。

しかし、かほりも、雅人くんも……2人でいることが一番の幸せ……だったはずだ……。


『かほり。短気は起こさないように。……その目で、見極めて来なさい。』


お前の男を取り戻しておいで。


千秋の言葉にならない想いを、かほりはしっかりと受け止めた。


わかっている。

私のすべきこと。

泣くことでも、雅人を責めることでもない。

ましてや、まだ、りう子という相手の女性に報復する段階でもない。


「はい。行って参ります。」

かほりはしっかりと返事して、電話を切った。




大阪には20時前に到着できた。

関西空港は大阪市内から遠いと聞いていたが、今回の空港は伊丹空港。

モノレールから私鉄や地下鉄、JRに乗り継ぐことも可能だし、主要駅までリムジンバスも出ている。

が、土地勘のないかほりは、迷わずタクシー乗り場へ向かった。


ライブハウスらしき店の名前を伝えても、運転手はわからないと言った。

父から教わった住所を読み上げると、とりあえずの場所は見当がつくらしい。

「せやけど、そんな店あったかなあ。」

首を傾げながら、走ってくれた。



「……え?……ここ……ですか?」

かほりが降ろされたのは、アーケード街。

何だかゴチャゴチャした雰囲気だ。

「せや。その先、入ったとこやわ。」

「……千日前……。」

かほりは、アーケードに書かれた文字を読み、ようやく納得してタクシーを降りた。

商店街……と言っても、市場や生活用品店の並んでいるわけではない。

大型ショップや、劇場が点在する、昔ながらの繁華街といったところか。


お墓参りに訪れる京都の新京極と寺町京極のちょうど中間みたいな感じかしら。

……それにしても……居心地の悪い街だわ。