何度でもあなたをつかまえる

……汚らわしい。

自分のハンカチを使うのも、手で拭くのも嫌。

かといって、テーブルには紙ナプキンやおしぼりのような気の利いたモノもない。

コースターは堅い厚紙だ。

仕方なく、かほりは自分のハンカチを出して唇をゴシゴシと強めにこすって拭きとったあと、わざわざ道路の沿道に設置されたゴミ箱まで歩いて行った。

そして、唖然としている空を、睨み付けてから、ゴミ箱の中に思いっきり叩きつけるように自分のハンカチを投げ捨てた。

空は青ざめ、東出はぶっと吹き出した。


かほりは再び2人のそばに戻ると、東出に向かってだけ挨拶をした。

「すっかり酔いが回ってしまいました。粗相をするといけませんので、お先に帰らせていただきますね。ごきげんよう。」

「むしろ酔いが醒めたんじゃないか。」

東出はニヤニヤ笑っていた。


かほりは、空を一顧だにせず、アルカイックスマイルを浮かべて言った。

「酔いも醒めましたが、それより興醒めですわ。」

「かほり!ごめん!でも、ふざけたんちゃうねん。俺、かほりのこと、ほんまに好きやねん。」

舌を噛まれたせいで、いつもより滑舌が悪いけれど、一生懸命さがむしろ伝わってきた。


空がかほりに気があることは、もちろん知っていた。

でも、こんな風に、手を出してくることはなかった。

同居人として、そこはわきまえてくれていると信じていた。


まさか、こんな……こんな……。

油断したわ……。


かほりは、空を見ることなく、無表情で言い放った。

「ええ。わかってます……でも、ふざけたことにしてほしかった。もう……一緒に暮らせない……。」

「かほり……。」

「では。東出さん。お先に失礼いたします。」

かほりは、目の端にも空を入れないように会釈して、100ユーロ紙幣をコースターの下にそっと敷いてからテーブルを離れた。



陽気に歌い騒ぐ人達をかき分けかき分け、進む。

うつむくと涙がこぼれ落ちそう。

かほりは、前方を睨むように見据えて、前進した。



帰宅すると、涙腺が一気に決壊した。

止めどなく涙が溢れ、嗚咽が止まらない。


口惜しい……。

雅人以外の男とキスしてしまった……。

こんなの……嫌……。