何度でもあなたをつかまえる

「なんだ。辛気臭い顔して。せっかくの祭りだろ。嘘でも楽しそうに飲んだらどうだ。」

ボディガード代わりに同席している東出龍爾が、顔をしかめた。

「……充分、楽しいですわ。でも、あまり愛想を振りまいてると、誰から構わずハグやキスをしてくるでしょ。……これぐらいでちょうどいいんです。」


ひょんなご縁で知り合った指揮者の東出は、かほりの師事するクルーゲ先生と旧知の仲だった。

どうやら東出は、かほり達のWG(ヴェーゲー)(シェアハウス)が気に入ったらしい。

……いや、気に入ったのは、武井空の料理かもしれない。


いずれにせよ、何かにつけてはやって来て、一緒にご飯を食べたがる。

泊っていくことも増えたため、空が気を利かせて、東出のための部屋を調えた。

今では、まるで同居人の一員のように、鍵まで持って、自由に出入りしている。


「別に減るもんでもあるまいし、キスぐらいさせてやれ。……かほりさんは、四角四面過ぎる。もっと気楽になれ。適当に、男とも遊べばいい。音も変わるぞ。……いつまでも、元カレに操を立てる必要もなかろう。」

「元、じゃありませんから!別れてませんので!」

涙目でそう強がったけれど、東出は鼻で笑った。


口惜しい……。


かほりは、再びケルシュのグラスを煽った。


ケルシュは、200ミリリットルの小さなグラスで提供される。

まるでわんこそばのように、飲み干す寸前に、次のケルシュを持って来てくれるので、いくらでも飲めてしまう。

おかわりの度に店のヒトがコースターに線を引くので、何杯飲んだかは一目瞭然だ。

かほりのコースターには、8本の線を引いてあり、既に1.6リットルのケルシュを飲んだことがわかる。


「……お手洗いに、行って参りますわ。」

さすがにふらふらする……。

「大丈夫か?ついてってやろうか?」

東出が気遣ってくれたが、かほりは優雅にお辞儀をして、もつれる足でトイレへと駆け込んだ。


……吐く……。


何も食べてないので、吐くものはないはずだったが……ビールと胃液を吐いて、少しスッキリした。


……最悪だわ……こんなの。


ポロリと涙がこぼれ落ちた。