何度でもあなたをつかまえる

千秋は、しばし考えて……封筒に、雅人からの結婚の挨拶状をそのまま入れた。

言葉は要らない。

娘は、飛んで帰国するだろう。

まだ留学期間は残っているが……それすら投げ捨てて駆け付けるに違いない。


とりあえず……レッスン室のチェンバロを新調してやるか。




「やれやれ。世話の焼ける子たちだ。」

子供は親の思う通りには育たない。

仮にイイ子に育っても、親の思う通りには動いてくれない。

状況もまた、親の思う通りになど、なるわけもない。


……たとえ、家柄や育ちが違っても愛娘の恋の成就を、千秋は望んでいた。


そして、橘家をしっかり継いでもらいたい長男の千歳は……兼ねてからの婚約者と結婚し、玉のように美しい女の子を儲けたのだが……。

雅人に指摘された通り、長男夫婦の仲は冷え切っている。

……孫の百合子が幼稚園を受験する時に受けた健康診断で、出生時に聞いた血液型と違う検査結果が出た。

詳しく調べると、百合子が嫁の領子(えりこ)の娘であることは間違いないが、橘の血は一切混じってないことが判明した。

つまり、嫁は他の男と関係して子供を産んだということに他ならない。

名家の出の、美しく、教養高い嫁で気に入っていたのだが……だからと言って看過できる問題ではない。

いずれ、暇を出すことになるのだろう。


千秋は、家の将来、そして、愛する我が子と雅人の将来を想い、また一つ、ため息をついた。








ケルンで、2度めの冬ゼミスターを無事に終えたかほりは、カーニヴァルのお祭り騒ぎを肴に、ケルシュをパカパカと飲み続けていた。

今日は、Rosenmontag(薔薇の月曜日)。

カーニヴァルのクライマックスだ。


……去年は、当日になっても、ひょっこり雅人が現れるんじゃないかと、そわそわしていた。

でも、そんな希望はもう捨てた。

雅人が何も言わずに逃げるように帰国してから1年2ヶ月弱。

もはや、意地の張り合いをしている気分だ。


その気になれば、かほりも、冬ゼメスターと夏ゼメスターの間でも、夏休みでも、帰国することはできた。

しかしかほりは帰る間を惜しんで研鑽と経験を積み上げた。

おかげで、2年めのクリスマスには教会でパイプオルガンコンサートを勤め、音大主催のコンサートにも出演させてもらえた。

順風満帆な留学生活と言えるだろう……。