何度でもあなたをつかまえる

折しも、父親は、せっかく千秋に紹介してもらった就職先で金を横領し解雇されていた……。

父親は当然のように母親のもとへ押しかけ、2人とは血がつながらないが、心優しいできた息子の雅樹と一緒に食堂で立ち働いている。

雅人は、以来ずっと、山賀己一の所有する学生マンションで独りで暮らしていた。


「結婚どころか、家族の概念も、雅人くんには不可解なのでしょうね。」

琥珀色の香しい蒸留酒を原酒で楽しみながら、千秋はそう指摘した。

「橘さんだって、そうじゃん。奥さんと全然仲良しに見えないし~、息子さん夫婦も何かぎこちないし~……。てか!そもそも、こんな部屋持ってるって、おかしいじゃん!」

拗ねたような口ぶりで、さらりと鋭く指摘する雅人。

千秋は、苦笑して、うなずいた。

「そうですね。……でも私は責任を果たしますよ。家と家族を守ることが、私の使命です。」

千秋だけじゃない。

代々、橘家の当主はそうやって生きてきた。


いつも通り柔和なのに威厳と自信のみなぎった千秋を、雅人は少し眩しそうに見た。

そして、雅人は目を伏せて……しばらくしてから言った。

「かほりにさ、ちゃんとした、イイ奴紹介してあげてほしいんだけど。俺のことなんか、どうでもよくなるような、イイ縁談。」

雅人は相当弱っているらしく、珍しく卑屈な言葉を口にした。

千秋は黙って雅人をじっと見た。


……本気で言っている……。


「かほりは、雅人くんがバツイチでも怯(ひる)まないと思いますよ?」

その前に、妻帯者でも関係ないかもしれない……。

父親として、いささか心配になるほどに、かほりは一途だ。

「うん。だから。……俺じゃ、かほりを幸せにしてやれないっしょ。……頼んだよ?」

そう念押しして、雅人はタンブラーの底に残ったウィスキーをクイッと飲み干した。

「ふー。ご馳走さま。帰るよ。」

「……新居で、奥さまが待ってらっしゃるでしょうから、引き留めませんよ。……ああ、次の大安に、お祝いを持って、伺いますね。」

もちろん嫌味ではない。

でも、雅人は苦い想いをした。

「……勘弁して。」

それだけ言って、ふらふらと帰って行った。



さて。

ケルンの娘に、何をどう伝えるべきか……。