何度でもあなたをつかまえる

千秋の目に、また涙がこみ上げてきた。

何てことだ。

想像通りじゃないか。

まったく……この子は……。


「ちゃんと、愛し合っての、結婚なのでしょうね?」

千秋は、怒りも責めもしなかった。

ただ、雅人を気遣う質問だった。


雅人は、ぐっと詰まってしまった。


何も答えない雅人に、千秋はため息をついた。

そうして、雅人の背中をそっと撫でた。

「……後悔、しているのですか?」


すると、雅人は何とも言えない顔をした。

「後悔したくない。でも、さすがに……参ってる。彼女、単に生理が遅れてただけでさ、妊娠してなかったんだ。」

「え!?それは……。まさか……騙されたのですか?」

千秋の質問に、雅人は慌てて首を横に振った。

「そんな子じゃないって。責任感強い子だから。彼女も、参ってる。……結婚するって決めてから、ずーっと2人でお通夜状態。さすがに、きついわ。」

自業自得……そんな言葉が、千秋の脳裏に浮かんだ。




「では、離婚するのですね?」

とても素面(しらふ)でできる話ではなかった。


千秋は隠れ家的に使っているホテルの一室に雅人を連れて行った。

ホテルとは言っても、賃貸契約している部屋だ。

バーカウンターには、自宅よりも多くの種類の酒が揃っている。


家族の誰も知らない千秋の城が存在することに、雅人は驚いた。

何不自由なく育った名家の当主が、家ではくつろげないということか……。

「結婚って、なに?それ、おいしいの?って感じ。……まして離婚って、意味わかんないよ。」

千秋のとっておきの60年もののウィスキーで、雅人は酔ったらしい。

支離滅裂だ。

でも、雅人の気持ちもわかる。


雅人の両親は、巡り巡って、今は一緒に暮らしている。

逃げた母親が身を寄せた男には、雅人よりも3つ年上の息子がいた。

人倫に背いた関係が神の逆鱗に触れたのか、2年後に母の再婚相手が亡くなった。

母親は、血の繋がらない息子と、再婚相手の残した店……市場の食堂を切り盛りし続ける道を選んだ。

彼……石毛雅樹と名乗ったその男は、20歳になるのを待って、雅人と父に逢いに来た。

そして、家族になりたいと真剣に訴えた。