何度でもあなたをつかまえる

雅人のよそ行きの表情が、胡散臭さに拍車をかける。

幸せそうに全く見えない。

隣の女性は、落ち着いた雰囲気で……決して派手な美人というわけではない。


もしや、浮気のつもりが、彼女を妊娠させてしまったのだろうか。



雅人は、ドイツに留学しているかほりに連絡を取るべきかどうか……悩みに悩んで、我慢した。

2人のことに口出しするつもりは、これまでも、そして、これからもない。

父親として、娘の幸せを願うのみだ。

……同じぐらいとは言わないが……雅人くんの幸せも心から願っているのだが……どう見ても、幸せそうに見えない……。


さて、どうしたものか。



かつての老獪な秘書なら、何も言わずとも、雅人の身辺に何が起こったのかを調査して報告してくれただろう。

残念ながら、新しい秘書にそこまで求めることはできない。

とりあえず……お祝いを届けに行ってみるか……。

大安の日は来週までない。

千秋は、その日の午前中に時間を作るよう、秘書に指示した。




数日後、当の雅人が会社にやって来た。

千秋は、受付から連絡を受けると、部屋で待っているのももどかしく、エレベーターホールまで迎えに出た。

「雅人くん!」

自分の身を心配して、涙目で迎えてくれた千秋に、雅人の胸が熱くなった。


……変わらないな……橘さん……。


「ご無沙汰してます。お変わり、ありませんか?」

雅人は謝意を込めて、最上級の敬語と態度で頭を下げた。

でも、すぐに思い出した。

千秋は、雅人に、打ち解けて甘えてほしがっていたことを。


「葉書届いた?……なんか、そういうことになっちゃって。びっくりしてるかなあと思って。」

いつも通り、くだけてそう言うと、千秋の目からボロッと涙がこぼれ落ちた。


うわぁ……。

かほりと同じ顔して泣いてるよ……。


苦笑する雅人を、千秋は抱きしめた。

「全然、幸せそうに見えないですよ!……いったい何があったんですか!?」

まるで本当の父親のように、……いや、実の父親よりもはるかに雅人を心配してくれているのが、ヒシヒシと伝わってくる。

雅人は気恥ずかしさを、開き直ることで誤魔化した。

「うん。さすがに、メディア出演なしじゃ、音楽で食べていけなくてさ。……あ、でも、ライブも客も増えてるんだよ。今が踏ん張りどころだって、いつも励まして、ご飯作って食べさせてくれてた事務所の女の子がね、生理が来ないって言うから、じゃあ、結婚しよっか、って。」