何度でもあなたをつかまえる

「ごきげんよう。橘かほりです。……雅人くん?」

ごきげんよう、って……。


別世界の挨拶をされて、雅人はどう返すべきなのかわからず、困ってしまった。

とりあえず、うなずいてから、慌てて挨拶を返した。

「……ども。」

情けないけど、それしか言えなかった……。


「伴奏をしてあげなさい。」

娘にそれだけ言って、千秋は立ち去った。


人見知りで、特に男の子が苦手らしい娘が、雅人に対しては怯えなかった。

初恋、かな。

千秋は、愛娘の戸惑いを想像して、ニマニマした。



世俗の塵芥を清め、カジュアルな格好に着替えた千秋がレッスン室に戻ると、少し予想と違った展開になっていた。

2人は、これ以上ないぐらい真剣に演奏していた。

……ほう。

かほりの演奏が、いつもと違うことに、千秋は気づいた。

雅人に引っ張られて、音が楽しそうだ。

いや、かほりだけじゃない。

雅人もまた、公園で吹いていた時とは比較にならないぐらいに、キラキラと弾んだ音を吹いていた。

顔は真剣そのものだが、2人は音楽を通して対等に会話しているらしい。


初恋どころか……運命の相手だったかな?

その時点では、それは千秋の直感にしか過ぎなかった。








「あれから、11……12年になるのか。」

千秋は、再びCDジャケットの雅人に目を落とした。

美少年は立派なイケメン好青年に育った。

雅人とかほりはおとぎ話のように出会い、惹かれ合い、恋をした。

今もなお、2人はお互いを想い合っている……はずだった。

雅人が浮気を重ねても、かほりと同じ学校を選択しなくても、……かほりが雅人を日本に残して留学しても、2人の愛は不変だと思っていた。


しかし……これは……どういうことだろうか……。


先ほど、代替わりした若い秘書が届けた1枚の葉書を見て、千秋は首を傾げた。

差出人は、雅人と、知らない女性の名前が連名で印刷されている。

そして、裏を返すと、2人はいかにもチープな貸衣装ではあるものの、白燕尾と白いウェディングドレスにしか見えない扮装をしている。


何か……テレビ番組の企画か、コントか……いたずらだろうか……。



「結婚しました」。


印刷された報告が、実に陳腐に感じる。