何度でもあなたをつかまえる

橘家は、古い洋館と、比較的新しい書院造りで構成されている。

明治初期に主上と共に京都から移ったときに建てた寝殿造りの御殿は、関東大震災で半壊した。

現存する洋館は、新しい母屋として、大正14年に建てられた。

補修を繰り返してやっと残っていた御殿は、戦争で無残に焼け落ちた。

現在の書院造りは高度成長期の建築だ。

茶道を嗜んだ今は亡き千秋の祖母の隠居用に建てられた書院造りは、2つの茶室を備えている。


雅人は建築物に興味があるらしく、周囲をキョロキョロと見回しては、熱心に見入っていた。

「はなれの茶室のことは、私はよくわかりません。息子が帰宅したら、案内させましょう。」

千秋にそう言われて、雅人はうれしそうにうなずいた。


やっと子供らしい笑顔を見せてくれた……。

ホッとすると同時に、千秋はこのダイヤの原石を、どのリコーダー奏者に預けるべきか……思案し始めた。

矯正より、この子の奔放さを伸ばしてくれる師がいい。

日本人であるべき必要もない。

思い当たる幾人かに、早速連絡してみなければ。


「さて。こちらが、レッスン室です。防音してありますので、遠慮せず演奏できますよ。……だから、ドアをノックしても、聞こえないんですよ。」

他の部屋とは明らかに異質の重々しいドア。

その横には、まるで玄関の呼び鈴のボタンのようなものが取り付けられていた。


千秋がボタンを押す。

しばらくすると、中からドアが開いた。


「お父さま。おかえりなさい。」

かわいらしい声と共に、かほりが姿を見せた。


「ただいま。お姫さま。今日は、お友達を連れて来たよ。こちら、尾崎雅人くん。かほりと同い年だよ。」



お友達?

俺が?

この子と?



いかにもお姫さま然としたかほりは、どう見ても近寄りがたく感じた。

かほりもまた、戸惑いは感じたが、……服装はともかく、雅人の顔には好ましさを覚えた。



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ちょうど関東大震災の日にアップすることに因縁を感じました