何度でもあなたをつかまえる

「雅人くんのお父さんは、留置所で酔いの醒めるのを待つことになるでしょう。今から私どもが釈放を願い出ますので、おそらく明朝には帰れることと思います。……つらい想いをさせてしまいますお詫びに、私が、お父さんの就職先を探してみましょう。それから、雅人くん、君のリコーダーですが、本格的に学んでみる気はありませんか?」

千秋の言葉に、雅人の沈んだ顔が、まるで花が開くようにうれしそうにほころんだ。

「ありがとうございます!あります!やります!……以前も、ちゃんと習うように勧められたことがあったのですが……月謝も、楽器も高くて……。」

「支援団体の奨学生になればレッスンの月謝どころか、専門の学校の学費や、留学費用まで補助を受けられますよ。……楽器は……そうですね、我が家にあるものでよければ、使ってください。差し上げましょう。今は、誰も使ってませんから。」


まるで夢のような話だった。

全て本当に叶えてもらえるのなら、何でもする……身体どころか、ヒトとしての尊厳すら差し出さない勢いで、雅人は何度もうなずいた。


秘書は完全に呆れたらしく、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。



雅人は、千秋に誘われるままに、車に乗り込んだ。

最初は緊張してるのかおとなしくしていた雅人だが、千秋が心を砕いてあれこれ話し掛けるので、次第に口がなめらかになってきた。

「では、お母さんは、亡くなられたわけではなくて……」

「うん。お父さんが新しい仕事を見つけられなくて、酒ばっかり飲むから、喧嘩して出て行った。それっきり。」

千秋には、ケロッとそんなことを言う雅人のことが不憫でしかたない。

「そうですか。……お父さんが、また働き始められたら……いつか、帰って来られるでしょうか……。」

「……来ないよ。新しい男がいるから。離婚届もね、勝手に出しちゃったんだって。お父さん、怒ってた。」

雅人はそう言ってから、付け加えた。

「もちろん、お父さんが無効だって訴えたら取り消されるのは知ってるよ。でも、お父さん、あれでプライド高いから、すがりたくないみたい。」


なるほど。

プライドが高いから、酒の勢いを借りて突撃してきたのか……。

そんなはた迷惑なプライドなんか、どぶに捨ててしまえ。

助手席で秘書が心の中で毒づいた。