「自己流じゃないよ。図書館で聞いたCDの真似してるし。」


CDの真似?

プロの演奏を耳だけで完コピしてるというのか。

……いや。

真似だけではあるまい。


「先ほど、リクエストに応えて吹いてらした曲は、真似ではないでしょう?」

唱歌はともかく、流行歌や演歌をプロのリコーダー奏者が録音しているとは思えない。


すると、雅人は不思議そうに言った。

「メロディーを適当に色づけて吹いてるだけだよ?たいしたこと、してないよ?」


十二分に素晴らしかったよ……。

千秋は、息をついた。

目の前のこの少年は、意識していないらしい。

自分がどれだけの才能とセンスを持ち合わせているか、を。



雅人は、黄色いキャップの中のお金をコンビニの袋にガサガサと移した。

そしてキャップをかぶる。

公立小学校の制帽だろうか。


「じゃあ、おじさん、おひねり、いっぱいありがとう。」

ぺこっと頭を下げてから、雅人は踵を返した。


……行ってしまう……。


「待ってください。あの……今、忙しいですか?もし時間がありましたら、ちょっと……」

千秋は思わず、雅人を引き留めた。

雅人の笑顔がすっと引っ込み、怪訝そうに千秋を見ている。


……不審に思われている……。

千秋は慌てて、ふところから名刺入れを取り出した。

そして、名刺を裏返すと、雅人に指し示した。

「私は、音楽を志す若い人を支援する団体の代表を務めています。」

怪しい者じゃありません……そう言いたくて、名刺を雅人に渡した。

でも雅人は、その名刺の裏にびっしりと記された肩書きを、逆に胡散臭く感じた。


……詐欺師?……じゃないよな?


いかにも疑わしげな雅人に、千秋は息をついた。

やはり、怪しかっただろうか……。


千秋はふたたびふところから名刺を1枚取り出した。

そして、余白の多い表面に万年筆でさらさらと自分の携帯番号とアドレスを書き加えて、雅人に渡した。

「この名刺をお父さんかお母さんに見ていただいて、それから、この番号に電話してくれますか?」


雅人は名刺を受け取ると、じっと見つめた。

拐(かどわ)かしではないらしい。