「すみません。待っていていただけますか。」

千秋は、運転手と、助手席の秘書にそう断わってから、公園へと近づいた。


少年の笛の音に聞き惚れていたのは、千秋だけではなかったようだ。

会社帰りのビジネスマンやOLも足を止め、耳を傾けていた。

いや、ただ聞いているだけではない。

少年を見つめる視線も、やたら熱い。


千秋は、遠巻きに周回するように少年の前に立った。

……なるほど。

これは、見とれる。

美少年、だ。

絵に描いたような美少年が、素人離れしたリコーダーを公園で披露していた。


ちょうど1曲吹き終わったようだ。

近くで聞いていた幾人かが少年に近づき、地面に転がすように置かれた黄色いキャップに小銭を入れた。

中には、少年に曲をリクエストする者もいた。

迷わず少年はリコーダーを歌わせる。

芸能界に疎い千秋でさえも聞いたことのある流行歌のようだ。


だが……これは……。

安っぽいメロディーを、その場で少年は格調高くアレンジして吹いている。

全く別の名曲に生まれ変わったようだ。

千秋は、少年の能力の高さに舌を巻いた。


懐メロ、唱歌、再び流行歌……。


我慢ならず、千秋は少年の前へと進み出た。

「テレマンは吹けますか?」

そう尋ねながら、ふところから札入れを出す。

折り目のない綺麗な1万円札を、少年のキャップにそっと入れた。

少年は目を見張って、1万円札と、それから千秋の顔を何度も見た。

そして、ニコッと笑った。

太陽のような笑顔に、千秋は何とも言えない庇護心を掻き立てられた。


あまり裕福とは言えなさそうな格好だが、品は悪くない。

何より、この腕を、この技術を……こんな……無駄遣いさせていていいものか……。


「ありがとう。……テレマンなら、何でもいいの?」

まだ声変わりしていないらしい、かわいい声で少年が千秋にそう尋ねた。

「ええ。君の好きな曲をお願いします。」


少年……まだ10才の尾崎雅人は、見るからに立派な紳士が自分に丁寧な言葉で話し掛けることが不思議だった。


自分を見つめる瞳は、とても綺麗で、下心は感じない。


まあ、いいか。

1万円もくれたんだ。

サービスだ。


雅人は笑顔で言った。

「じゃあ、ソナチネニ短調。……第四楽章でいい?」


そんな難曲を……。

千秋もまた、笑顔でうなずいた。