何度でもあなたをつかまえる

しばらくして、雅人がうれしそうに戻ってきた。

手ぶらだ。

「楽器は?気に入ったの、なかったの?」

かほりが尋ねると、雅人はニコニコ答えた。

「いや、いいの見つけたよ。お琴!……俺が『さくらさくら」を弾くからさ、続いて、かほり、平井康三郎の『幻想曲さくらさくら』をチェンバロで弾いてよ。」

「……雅人、お琴も弾けるの……。」

本当に、何でもできるのね。

「だって、かほりもゐねも、ちっちゃい頃、お稽古してたじゃん。覚えたよ。」

事も無げにそう言った雅人に、かほりは苦笑した。

……敵(かな)わないな、と。

「さすがね。教わらなくても、お稽古しなくても、弾けるって。すごいわ。」

かほりが雅人を熱い瞳で見つめる。


「俺はただ弾けるってだけ。この雰囲気だから弾いちゃうけど、うまくはないよ。たぶん単音でしか弾けないし。……さすがなのも、すごいのも、かほりのほうがずっと上だよ。俺は、敵わないよ。」

雅人もまた、かほりを心から讃え見つめた。


「……同じこと、思った。私も、雅人に敵わない、って。」

「ああ。昔から、そう言ってくれてたね。……でも、俺も、ずっとかほりには敵わないって思ってるよ。」

「……そうね……ずっと……そうだったかもね。」

「これからも、な。」


ただ見つめ合っているだけで、心はどちらからともなく寄り添い、重なり合う……。



「……見て。桜が……。」

かほりの瞳に光が滲んだ。

雅人もまた、庭園の桜を眺めた。


風が吹いて、満開の桜が揺れる……。

白い花びらがひらひらと舞う……。


「……幸せだな……。」

「……幸せ……ね……。」

……満たされる……。



「パパー!お琴は1台しかないけど、一弦琴とソプラノ琴はあるって!私、どっちか弾くから!合わせてみよう!」

パタパタとゐねが走ってきた。


一般的に琴と呼んでいる楽器の正式な名称は箏。

ゐねが見つけた一弦琴は本来の琴の1つだ。

ソプラノ琴は、その名の通り高い音の出る小ぶりのお琴をさす。


「……ぶっつけ本番でいいのに……。」

肩をすくめた雅人に、かほりはほほ笑んだ。

「あの子、あなたと演奏するの、好きなのよ。……私もだけど。」

「え?かほりは、何が好きって?」

茶目っ気たっぷりに雅人が、わざわざそう尋ねた。


明るい春の光が、まるで後光のように輝いている。

かほりは眩しげにほほ笑んだ。

そして、何度言っても飽きない、何度伝えても幸せな魔法の言葉を心から贈った。



「大好きよ。雅人が。」





 了