何度でもあなたをつかまえる

「いいやん!」

控室を出ると、手伝いに来ている武井空が褒めてくれた。

「ありがとう。……東出さんは?」

空は黙って親指で庭を指差した。

東出は、若い綺麗な男性とうれしそうに立ち話していた。

「あー。浮気してるー。奥さまにチクッちゃおうっと。」

カシャリと機械のシャッター音を響かせて、ゐねは携帯をかざして撮影した。

「ゐねったら……はしたないわよ。」

かほりがそうたしなめると、ゐねは渋々画像を消去した。

「ありがと。いっちゃん。」

空の笑顔に、ゐねは顎を上げてから、頷いた。

2人の間の不自然な空気に、かほりは気づかない。

……未だに空がかほりに惚れてることすら、理解していない。



「さて、と。それじゃあ、調音してくるわね。」

かほりはサロン中央に恭しく置かれた古い美しいチェンバロに近づいた。

この家の主は、実用よりも美しさを重視して楽器を集めているらしい。

たぶん普段は誰も弾かないのだろうロココの繊細なチェンバロを、愛しげにかほりは調音した。


「……似合うね、その髪……このチェンバロに。色も明るくしたの?」

不意に背後からそう声をかけられた。


……やだ……ホントに来ちゃったんだ!

振り返るまでもない。

間違えようのない雅人の美しい声。


「もう!何でいるの!?ツアー中でしょ!りう子さんが怒るわよ。」

かほりはそう叱りながら振り返った。


でも、全く効果はなかった。

雅人は瞳をいつも以上にキラキラさせて、まるで乙女のように頬を染めてかほりを見つめていた。


「……何て顔してるのよ。……もう若くないのに……。身体、大丈夫?」

「うん。飛行機で爆睡してきた。明日の朝4時にタクシーに迎えに来てもらう。それで、ライブになんとか間に合う予定。」

そう言いながら、雅人はかほりの髪にそっと触れた。

「すげー。縦巻きロールってやつ?」

「……そこまででは……。普通にゆるい巻き髪。……ゐねがこっちの薬剤で白髪染めをしてくれたの。そしたらブリーチ作用もけっこう強かったみたい。」

「白髪ね。そうだよな。俺達、もう若くないもんな。」

悪戯っ子のように、わざわざ強調して言ってから、雅人は笑った。