何度でもあなたをつかまえる

どうって言われても……。

ゐねは目を凝らして、薄い消えかけた五線譜を読んだ。

「……単純な……通奏低音……にしか見えないんですけど……。」

「うん。そうだね。すごーく単純で……却って難しいんだよね。コードも……ほら。」


バロック時代の楽譜は、ものすごくシンプルだ。

通奏低音という、チェンバロが左手で弾く低い音を、四分音符だけで書いてある。

右手で弾くはずの高いメロディーラインには何も書かれていない。

かろうじて、通奏低音の下にコードのような数字がぽつりぽつりと申し訳程度に配置されているのみ。

つまり、作曲者の指示は、コードと低音の並びのみ。

音の長短や、強弱だけでなく、メロディーさえも演奏者が独自で考えてアレンジする。


「……ママならどう弾くのかしら。」

ゐねは、いつもの癖で、ついそう呟いてしまった。


苦笑して、雅人が言った。

「かほりはプロだよ。……正解が知りたいんじゃなくて、どう演奏すればおもしろくなるかを考えてんの。」

首を傾げたゐねに、雅人は少し熱を込めて言った。

「ゐねがどんな風に演奏するのか、聞いてみたいな。」


……挑戦されてる……。

ゐねはゴクリと息を飲んだ。


突然緊張をみなぎらせた娘に、雅人は驚いた。

「いや、別にテストとかじゃないから。……ゐねが、どんな音を出すのか……聞かせてほしいな。」


ゐねは、肩肘を張ってる自分に気づいて、少し気恥ずかしくなった。

「……じゃあ、一緒に。……何か、貸してもらえますか?」


娘とアンサンブル!?

ぱあああっ!と、雅人の顔が喜びに輝いた。


……挑戦されるのも嫌だけど……そんなにも喜ばせてしまうのも……ちょっと嫌かもしれない。

ゐねは敢えて仏頂面で楽器を物色した。


そして、珍しいモノを見つけた。

ヴァイオリンより一回り小さいヴィオリーノピッコロだ。

明るい飴色の美しさに、一目で魅入られた。


「これ!弾きたい!」

ゐねは、子供のように大きな声で訴えた。

小さかった頃と同じ天真爛漫さに、雅人は相好を崩した。

「さすがお嬢さま、お目が高い。それ、千秋さんの紹介でやっと買えたヴィンテージだよ。……ふむ。じゃあ、曲は……これかな。」

ぷっぷっぷーとリードを吹き鳴らして確認してから、雅人は愛器の自作オーボエを手に取った。