何度でもあなたをつかまえる

「柑橘系の香水がお好きなんですね。……母と同じものを使ってらっしゃるのですか?……いつから……。」

突然そんなことを聞かれるとは思わなかった雅人は、驚いて……それから苦笑した。

「惜しい。どっちもケルンの店のだけどね。……君の生まれる前から、俺は4711だよ。知らなかった?」

なるほど。

確かに、惜しかった。


ファリナハウスのオーデコロン・オリジナルも、№4711の4711も、どちらもケルンの老舗コロン店の看板商品だ。

ゐなは再び懐かしいような気がして、戸惑った。

「存じませんでした。……でも……じゃあ、どうして同じモノにしなかったの?似たような柑橘系なのに。」

「……別に、同じである必要ないと思うけど。好き好きだろ。柑橘系って一言で言っても、かほりのは甘いし。……てか、俺にとってはファーストコロンだけど、かほりは色々使ってるだろ?」

かほり……と、当たり前のように母を呼び捨てにした雅人に、ゐねは多少の反発もあった。

「昔は知りません。でも、母はいつもファリナのオリジナルですわ。」

「……へえ。気づかなかったな。」

本当なのか冗談なのか、雅人はそう言って笑った。

「香水の確認をしに来たの?……俺達から同じ匂いがした気がした?」


ゐねには、雅人がずいぶんと余裕たっぷりに見えた。

が、雅人は突然やって来た天使に、すっかり舞い上がっていた……。


「確かに、香りが混じってる気がしました。それで……」

ゐねは憮然として、言葉を途切れさせたまま、黙ってしまった。

雅人はゐねの意図を推し量ろうとして……諦めた。

実の娘と駆け引きしたって仕方ない。

むしろ、娘の望みは全て叶えてやりたいぐらいだ。

話したくなるのを待とう。

無理に聞き出すのも逆効果だろう。


雅人はふらりと立ち上がると、戸棚から1本のバロックオーボエを取り出した。

そして、すぐそばに無造作に置いてある古いスコアの切れ端のような紙をゐねに手渡した。


「……これは?ずいぶん古そうだけど……」

ゐねにそう聞かれて、雅人はニコリと笑った。

「うん。古い。誰が書いたかもわかんない。パリでゴミ同然で束ねられて売られてたんだ。駄作も多いけど、アレンジ次第でおもしろくなるから。……でも、これがけっこうな難物で……どう思う?」