何度でもあなたをつかまえる

「……ここ?」

住所をタクシーのナビに入力したから間違いないはずだ。

だが、ゐねの目の前の家は、お世辞にも綺麗とは言えない……閉店した商店にしか見えない。

それも、寂れた商店街の一角。


……何で芸能人のくせに、こんなところに住んでるの?

まさか、借金で首が回らないとか……。

ゐねは、半信半疑でインターホンを押してみた。

……セキュリティはしっかりしてるみたいね。

古い建物にふさわしくない、新しいタイプの鍵やカメラに、ゐねはやっと気づいた。

倉庫?


『ゐね……え?……1人?……あれ?どうしたの?』

スピーカーから聞こえてくるのは、確かに雅人の声だった。

「ごきげんよう。……少し、お時間よろしいですか?」

……「どうしたの?」と問われても返事を用意していない。

自分でもどうして来たのかなんて説明できない。

ゐねは開き直ることにした。

『待って。』

通信が途切れて、程なくドアロックが外れる音が響く……1つじゃないんだ……。


ドアが開くと、寝起きらしい雅人が出てきた。


「ごきげんよう。……こんな時間にパジャマ?」

ゐねの言葉に、雅人の頬がうっすら赤らんだ。

本当に寝起きらしく、珍しく髭も少し伸びている。

……父親のはずなのに、妙に生々しく男を感じて、ゐねは思わず目をそらした。


「ごめん。寝たの明け方でさ。……ど~しても上手くいかなくてさ。」

そんなことを言いながら、雅人はゐねを自宅に入れると、物陰でTシャツとGパンに着替えて来た。

しょっちゅうかほりが来るので、掃除は行き届いている……が……、そもそもが華美な家ではない。

「こちらは……倉庫も兼ねてらっしゃるの?」

素朴なゐねの質問に、雅人は苦笑した。

「や。自宅だよ。楽器しかないけど。……何か、飲む?」

「けっこうです。おかまいなく。私も何も持って来てませんので。……あ……。」

この香り……やっぱり……ママから漂っていたのは……この男の……。

「ん?」

子供の頃のように、雅人はゐねの目の高さに屈んだ。

……不覚にも懐かしさを感じて、ゐねの心が震えた。