何度でもあなたをつかまえる

ゐねの帰宅は、かほりの帰宅とほぼ同刻だった。

先にタクシーを降りたかほりの、ふわふわした足取りと幸せそうなキラキラした笑顔。

対照的に、ゐねの心も足取りも重い。

「ママ。」

タクシーを降りると、ゐねはすぐに声をかけた。

振り向いたかほりは、いつもの穏やかな表情だった。

「おかえりなさい。……どうしたの?泣いたの?」

目を少し腫らした愛娘は、つい先ほどまで共に過ごしていた雅人ととてもよく似た顔つきをしていた。

愛しさがいや増して、かほりはゐねに手を差し伸べる。


ゐねはかほりの手にしがみつくように寄り添った。

ふわり……と、ゐねの鼻腔をくすぐる香りに、ゐねは何かを思い出した。

……確かにかほりの匂い……なのだが……違う気もする……。

ああ、そうか。

どうして、気づかなかったのだろう。

かほりのいつもつけている香水は、ケルンの有名な香水店の1つファリナ・ハウスのオーデコロン・オリジナルだ。

軽い優しい甘い香りと、かほり自身のイイ香りに、物心つく前からゐねは慣れ親しんできた。

でも、それ以外の香りが混じることも普通にあった。

それって、移り香だったんだ……。

この香り……そうだ……。

昨日、すぐ隣に座った雅人の匂いが……混じってるんだ……。

男くさい加齢臭……とは言わないが、それは、明らかに母の匂いとは違う。

より柑橘形の強い匂い。

ゐねの胸のモヤモヤが更に色濃くなってしまった。

「……うん。ワガママ言って、そら先生に、怒られちゃった。次のレッスンまでに謝りに行ってくる。」

「そう。……私からも、謝りましょうか?」

多くは聞かずにただ頭を下げると言ってくれたかほりに、ゐねは泣きそうになった。

「ううん。ありがとう。……でも、自分で謝る。いつまでもママに迷惑かけてちゃダメよね。」

珍しく殊勝なことを言うゐねに、かほりは娘の成長を喜ぶとともに、一抹の淋しさを感じた。

「……もう大人なのねえ。……がんばってね。」

そう言って、かほりはゐねの肩を抱いた。

とっくに娘のほうが背が高いことにも胸を熱くしながら……。