何度でもあなたをつかまえる

ちなみに、さとりちゃんは茂木と結婚した。

子供にも恵まれ幸せそうな友人一家に引き替え、自分は……。


考えると虚しくなるので、雅人は女と音楽に明け暮れた。


「どうせなら曲作ってよ。弾いてるばっかりじゃなくてさ。」

IDEAの作詞作曲を一手に引き受ける一条には再三せっつかれたが

「うーん。アレンジは得意なんだけどねー。」

と、逃げてきた。


楽器だけでなく、古い楽譜も取り寄せて……雅人にとってはIDEAというバンドのほうが遊びなのかもしれない。

幾重にも防音を施したスタジオに、申し訳程度の居住スペース。

衣装はスタイリスト任せ、音楽以外の趣味もない。


……俺、けっこう侘しいかも。


IDEAが売れれば売れるほど……華やかな世界の住人になるどころか、私生活は地味……というか、職人のように感じる。

大学教授なのに、ひたすら古楽器を作っていた山賀教授もそうやって心のバランスをとっていたのかもしれない。



「えーと。ちょっと待ってな。」

すーすー寝ているかほりを長椅子に横たわらせると、雅人はエアコンと空気清浄機をフル稼働させて、ベッドの掛け布団と毛布を、バタバタさせた。

空気清浄機のセンサーライトが緑から赤に変わった。


……げ……シーツ、臭い?

いつ換えたっけ?

えーと……ダメだ、思い出せない。

雅人は大慌てでボックスシーツを剥ぎ、ベッドパッドごと交換した。


音よりも、舞い上がる埃に反応したらしく、かほりがくしゃみをした。

「わ!ごめん!」

慌てて雅人は、かほりに毛布をかけた……ら……パチリと目が開いた。

続いて、くしゃみを3つ。

くしゅん!くはっ!しゅんっ!ふがふがふが……

「ティッシュ……鼻水……」

まだ寝ぼけているのか、かほりはむっくりと体を起こしてそう言った。

「ティッシュね。ティッシュは……あ、はいはい。これ。」

ボックスからティッシュを2枚引き出して、雅人はかおりに差し出した。

かほりは、2枚のティッシュと、それから雅人の持っていたボックスも両方もらおうと両手を差し出した。

つつーっと、鼻水が落ちてくる。

「ああっ!」

間に合わない!