何度でもあなたをつかまえる

「あー、うん。ちょっと動かせない感じ。……タクシー呼んでくんない?」

「IDEAの……。では、こちらへ。どうぞ。」

人の流れとは逆方向に案内され、改札を通ることもなく、通用口から出してもらえた。

待機していたタクシーの後部座席に、そっとかほりを横たわらせてから、雅人は案内してくれた職員にお礼を言った。

「ありがと。あ。ごめん。乗車券、品川までなんだ。……すみません。よろしくお願いします。」

無造作に1万円札を駅員に押し付けると、雅人は助手席に座った。


運転手に自宅を告げてから、雅人は少し逡巡した。

橘家に送り届けるべきだろうか。

それとも、どこかホテルへ?

……いや。

これ以上ひと目につかないほうがいいだろう。

橘家もなあ……娘のゐねに気づかれたらと思うと……無理だ。

まあ、いいか。

あんまり……てゆーか、全然綺麗じゃないけど……許せよ。



雅人は振り返ってかほりの寝顔を眺めて、ひとりごちた。



……別れた妻……それも泥酔した元妻をお持ち帰り……か。

なんか……楽しくなってきた。

とりあえず、滝沢さんにメールしとこうっと。


<夜分にごめん。新幹線でかほりが泥酔してた。明日、そっちに送り届けるからご心配なく。荷物は事務所に届けてもらったから。よろしく。>


送信後、すぐにりう子から着信があった。

が、雅人は電源を切ってしまった。


ごめん、滝沢さん。

今夜だけ……かほりを預からせてよ。

今夜だけ……一緒に居させてほしい。


……かほりに触れたらさ……もう、ダメなんだ。

離したくないんだ。




かつて宿場町として栄えた町の本陣近く。

現在は商店街なのか住宅街なのかよくわからない旧東海道に面した古い家を改築して雅人は住んでいた。

橘家を出てしばらくは高層マンションに住まってみたが、女性問題が起こる度に転々と引っ越した。

茂木の勧めで、女性を連れ込みにくい……というか、女性が憧れる要素皆無の外観の今の家に移り住んで以来、とりあえず引越し貧乏は避けられるようになった。

その後、雅人は自宅をスタジオにして、世界中から珍しい古楽器を収集している。

数年前に亡くなった山賀教授の古楽器も全て、教授の姪のさとりちゃんから買い取った。