「実は、離婚したんです。」

部屋に入るなり、かほりは領子(えりこ)にそう報告した。

「……そうでしたか。」

まあ、いずれはそうなるだろうと思っていたので、領子は特に驚きもしなかった。

橘家とは縁を切ったはずの領子だが、かほりは年賀状だけ領子に送り続けていた。

同じように年賀状を送り付けることはできないので、領子はかほりが演奏会に出る度に、花とメッセージカードを送っていた。


「はい。……でも、私……私……」

それ以上、言葉が続けられず、かほりはポロポロと涙をこぼした。


領子は息をついて、かほりをそっと抱き寄せた。

「お義姉さま!お着物が……汚れます……」

うれしいけれど、いかにも高価そうな領子の色留袖から、慌ててかほりは顔を離した。

「……着物は洗いに出せます。でも、あなたは……あなたの心には誰か寄り添う者が必要でしょう?……他に、心を寄せてらっしゃる男性がいらっしゃるというわけでもありませんでしょうし。」

領子はそう言ってから、自嘲してつけ加えた。

「……私が言うと説得力ありますでしょう?……結局、また別の男性と再婚しましたが。」

「え……。再婚されたのですか?」

知らなかった。

心底驚いたらしく、かほりの涙がピタリと止まった。

「ええ。京都の小さな建設会社に嫁ぎました。自宅に事務所が併設していて、業者さんや大工さんが出入りするのよ。」

領子は、クスクスと小さく笑いながらそう言った。

かほりの目がますます丸くなった。

……でも、目の前の領子は、橘家に居た頃とは別人のように穏やかに見えた。

「信じられないでしょう?……百合子も、最初は怯えて泣いてましたわ。」

「まあ……百合子ちゃんは、お元気ですか?逢いたいわ。」

しみじみそう言うと、領子は目を伏せた。

「……百合子は……かわいそうに、私に似て意固地で臆病な子になりそうですわ。やはり子供の頃につらい想いをさせてはダメね。……一音(ゐね)さまは、健やかにお育ちですか?」

「あら。お義姉さまに似てらっしゃるなら聡明な美人になるわ、百合子ちゃん。今のお義姉さまのように、優しい男性に愛されて守られて、穏やかな幸せを手に入れられると思いますわ。」

心からそう言って、それから、かほりは息をついた。