何度でもあなたをつかまえる

「まさか……本当に、私に婚姻届に記入させるためだけに、来たの?」

信じられないけど……雅人らしいと言えば雅人らしい……何とも馬鹿馬鹿しい行動だ。


雅人はにこーっと、好いたらしくほほ笑んだ。

「それと、かほりに逢いたくて。」


……極端過ぎだろう。

だったら、週に1回でも、電話してくれるなり、メールを送信するなり……してくれてもいいと思うんだけど……。

かほりは苦笑したいのを我慢して、謝意だけを伝えた。

「……私も、逢いたかったわ。……この子も……たぶん、すごく喜んでると思う。ありがとう。」


雅人はうれしそうにうなずいて、それから思い出したように、ポケットをゴソゴソと漁った。

「あった。これ。……覚えてる?」

真鍮色の小さな鍵。


忘れるわけがない。

かつてホーエンツォレルン橋にかけた錠前の鍵。

2つあったうちの1つは、かほりがライン川に投げた。

今、雅人が持っている鍵は……

「忘れるわけないわ。りう子さんの部屋のベッドの上で見つけた時は、心臓が止まるかと思ったわ。」

かほりは唇を尖らせて、拗ねて見せた。

「え……。」

雅人は、まさかそんなことがあったとはつゆ知らず……突然のカウンターパンチに言葉を失った。

「覚えてないの?」

逆にかほりにそう尋ねられて、雅人の背中に冷や汗が流れた。

「……すっかり忘れてたけど……そういや、滝沢さんから『落ちてた』って返してもらったことある……。あれ、滝沢さんの部屋だったのか。」


気まずい……。

何ともばつが悪い。

困っている雅人がかわいくて、かほりはちょっと笑った。


「いいわよ、もう。とっくに終わった話だから。……それで、どうしたの?その鍵も、ラインに投げる気になったの?」

「……いや、そのつもりだったんだけどね。……かほりは、鍵をライン川に投げるって言ってたし、圧倒的に投げるヒトが多いらしいけど、調べたら、2つの鍵をお互いに大切に持ち続けてお守りにするってケースもあるんだって。『いつか戻ってきて錠を外そう』という意味を込めて、鍵を持って帰る、とかね。」

気を取り直して、雅人はそう説明すると、鍵に軽くキスしてからかほりに手渡した。