何度でもあなたをつかまえる

「うん。家族になろう。……でも、子供が産まれたら、浮気は辞めてね。……子供が傷つくから。」

かほりは抑揚をつけずに、さらりとそんなことを言ってみたが、雅人には効果絶大だった。

「……そうだな。人間不信になったらかわいそうだもんな。」

自分の子供時代のことを思い出したらしく、雅人はしんみりとうなずいた。

神妙な雅人の様子に、かほりは溜飲を下げた。

……大丈夫……よね?

今までとは、違うよね?

信じていい?


……信じるしか……ないよね?


かほりはざわつく心を抑え込んで、両手を伸ばして、雅人の腕から逃れ出た。

そして、テーブルの上のペンを再び手に取ると、キャップを外した。

パールホワイトのペリカンM320。

優しい輝きを放つ洗練された美しい万年筆は、かほりにとてもよく似合っていた。


かほりは、さらさらと行書でサインをすると、机の中から実印と朱肉を出して丁寧に捺印してから、雅人に婚姻届を託した。


「……ありがとう。」

雅人がうれしそうにそう言って、婚姻届を再び折りたたんで封筒にしまった。

「こちらこそ。ありがとう。……いつまで居られるの?明日、病院に行くんだけど、一緒に来てくれる?」

かほりの願いに雅人は両手を合せて平謝りした。

「ごめん!そうしたいのはヤマヤマだけど、ちょっと無理。明日またライブなんだ。」

「え?明日?……明日って……」

唖然とするかほりがかわいくて、雅人は綺麗な頬にキスをしてから答えた。

「うん。明日。……えーと、ちょうど30分後にケルン中央駅を出るICEに乗らないと間に合わないのかな。」

「え!?」

さすがに、びっくりした。

ここから駅まで10分かからないけれど……切符を買うこととか考えると、すぐに出たほうがいいぐらいだ。

「大変!……いつ着いたの?もっと早く来てくれたらいいのに。」

かほりは、慌てて財布をバッグに入れて、ダウンコートをクローゼットから出しながらそう尋ねた。

駅と言わず、空港まで送っていけば、もう少し一緒にいられるはずだ。


急ぐかほりと対照的に、雅人は飄々と答えた。

「いや、これでも空港からICEに飛び乗って、まっすぐ来たんだよ。」

「……はぁ?」

まじまじと、雅人の顔を見た。

冗談じゃないらしい。