何度でもあなたをつかまえる

雅人は慌ててかほりを抱きしめた。

「ごめん!でも、ほんっとに、もう大丈夫だから!」


……大丈夫、大丈夫って……全然大丈夫じゃない……。

ひどい男……。

でも……好きなの……。

どうしてなんだろう。

数え切れないぐらい泣かされて、怒って、呆れて……でも、この腕の中にいたら、何もかも水に流してしまう……。


「もう一回だけ、記入してくれる?」

雅人はかほりの瞳を覗き込んで、真剣にそう尋ねた。


……ほらね。

これだから……憎めない……。


どんなにふらふらしてても、雅人がかほりを愛しているのだけは本当だから。

それがわかりすぎるほどわかるから……。


かほりは、あきらめたように息をついて、うつむいた。

雅人は、かほりがうなずいて肯定したと理解した。


ホッとして、婚姻届をテーブルに広げると、机の引き出しを勝手に開けて、目に付いた白いペンを出してきて、かほりに手渡した。

かほりはペンのキャップも開けずに持ったまま、じっと雅人を見つめた。


あまり時間がないとは言え、急かせる立場でもないことを自覚している雅人は、

「ん?」

と、また、かほりの瞳を覗き込んだ。


……言いたいことがあるようだけど……なんだ?

悪いことじゃなさそうだな。


しばらく待ってみたけれど、かほりは、モジモジするばかりで、なかなか口を開けなかった。


「なに?浮気でもした?」

からかうように雅人がそう尋ねた。

もちろん、ただの冗談だ。

そんなこと、わかってる。

わかってるはずなのに……かほりの瞳がまた潤んだ。

ぽたぽたと涙を落とすかほりに、雅人はデリカシーのないジョークだったかと焦った。

「かほり?どうしたのさ。まだ寝ぼけてるの?もちろん、疑ってなんかないよー。泣かないでよ。かほりの笑顔が見たくて来たんだよ。……ねえ?笑って?」


かほりは、涙をぽろぽろこぼしながら、うなずいた。


……自分でも泣いている意味がよくわからない。

さっきまであんなに幸せだったし、雅人に逢えてうれしいはずなのに……いつものように浮気を流すことができない。

黒く重たい塊が胸にずーんと居座っていて、悲しくて淋しくて仕方ない。

妊娠初期って鬱になったりするのかしら?