何度でもあなたをつかまえる

「楽しい奴らだな……。」

苦笑しながら、東出はかほりに話し掛けた。

「ええ。本当に。……最初のうちは不安でしたが……今は、アンナにも空くんにも、感謝しています。」

そう言ってから、かほりは東出を見て、ニッコリとほほえんだ。

「東出さんにも。……いつも気に掛けてくださって……手の届かないかたのはずなのに、家族か近しい親戚のように感じてますわ。」

「……そりゃ、光栄だ。」

東出はそう言ってから、くるりとかほりのほうを向いて、皮肉っぽい笑顔を浮かべた。

「かほりさんは、人が良すぎる。俺も、こいつらも……あいつも、かほりさんほど善人じゃない。……腹の中はドロドロだし、人を蹴落としても、のし上がりたい。……かほりさんには想像もつかないだろうが、みんな、そんなもんだ。」

「……私も、自分の中の醜い感情を持て余すことがありますわ。」

かほりは、ぽつりとそうこぼした。

「そうか?……むしろ、醜いものから目をそらして、人格を孤高に保ってるように見えるが。」

「……口に出さないだけです。消化しきれない黒い感情は一生消えないのかもしれません。……自分でも驚くほど……根深いみたいです。」

しょんぼりそう言ったかほりに、東出はビールを注いだ。

「まあ、飲め。飲んで、飲んで、飲んで、酔っ払ったら、吐き出せばいい。……隠すより、出してしまったほうがいい。もしかしたら、音にも影響するかもしれない。ドロドロも芸の肥やしになるなら立派な経験値だ。」

東出の言葉の意味がよくわからない程度に、既にかほりは酔っていた。

とにかく、言われるがままに、グラスをカパカパと飲み干し続けて……耳がぼやーんとしてきた。

視界も何だか暗い。

血が足りない……。


かほりは、机に突っ伏して、東出を下からじっと見上げた。

「……あんまり見るな。」

東出は、そばにあった楽譜で顔を隠した。

「……よろしいじゃありませんか。減るものでもありませんのに。……東出さんって~、最初は不機嫌そうに見えたのに……今は、顔をしかめてらしても、斜に構えてらしても……優しい……。」

くすくすと笑ってそう言った後……かほりの瞳から、ほろっと涙がこぼれ落ちた。