甘い恋じゃなかった。




そんなことを真剣に考えていたものだから、私がマンションの前の人影に気付いたのは、大分マンションに近付いてからのことだった。


こちらを背にして立つヨレヨレのグレーのパーカー。

ヒョロッと高いそのシルエットに、見覚えがあった。



まさか、と思ったのと同時に、そのシルエットが振り向く。




………嘘だ。




ここに居るはずのない人の姿が見えて、私はゴシゴシと目を擦った。どうせもうマスカラも取れてしまっているし!



そして改めて目の前の人物を見つめてみる。さっきと変わりないその人物の姿に




「……桐原さん!?」




私が叫んだのは、優に5秒以上が経過した後だった。



「…遅」



桐原さんがボソ、と呟く。



はじめは幻かと思った。


ついさっきまで彼のことを考えていたから、ついに幻まで見えてしまったのかと。

でも目の前にいる本人はどうやら実物。呆れたように私を見るその瞳は、少し前と何も変わっていなかった。



「な、何でここに?」

「何で来ねぇんだよ?」



私の質問を無視し全く別の質問で返してくる桐原さん。



「…え、と…忘れ物ですか?だったら私取って来ま…」

「何でミルフィーユ来ねぇんだよ?」



私の質問には全く答える気ないよこの人ー!