甘い恋じゃなかった。





ガラス越しに桐原さんがケーキを作っているのが見える。



「…嘘みたい。お兄がまた、ケーキ作ってる…」



愛良ちゃんが信じ難そうな目で、そんな桐原さんの姿を見つめている。




愛良ちゃんは、ケーキを作る桐原さんの姿をもう見れないと思っていたのだろうか。




桐原さんと出会った夜の、次の日の朝。


自身が作ったイチゴのショートケーキをゴミ箱に投げ入れた桐原さんの姿を思い出す。



もしかしたら彼がまたこうしてケーキを作っているのは、奇跡なのかもしれない。


だとしたら私は、その奇跡に素直に感謝したいと思った。







―――数時間後。





「うわぁ…チョコケーキ!?」


「さっさと食え」



桐原さんが腕を組み、目を輝かせる私を偉そうに見下ろす。



「う~ん、甘くていい匂いだ」



店長もうっとりとメガネの向こうで瞳を閉じた。



「いただきま~す!ほら、愛良ちゃんも食べよ!」


「う、うん…」




愛良ちゃんがフォークを手に取るのを確認して、自分の分のそれに勢いよくフォークを突き立てた。一口分すくって、ゆっくりと口に入れる。



甘いチョコレートの香りと味が、口いっぱいに広がる。




「なんだろうこれ、チョコレートよりチョコレート…」


「なに意味わかんないこと言ってんだよ」



怪訝そうに器用に右眉だけをあげる桐原さん。




「だって本当にそう思ったんですもん」



「…あーあ。口の周りチョコだらけ。あったま悪そ」



「ケーキバカの桐原さんにはバカって言われたくありません」



「あのなぁ、だからケーキバカはお前だろって…」




ガチャン!



私たちの幼稚な言い争いを遮るように、愛良ちゃんがフォークをお皿に叩きつけた。


きつく口を結び、私たちを睨みつけている。



「…え?愛良ちゃん?どうし…」



「私、帰る!」



そしてカバンをひっつかむとドアに向かって走っていく。



「おい、愛良―――」



桐原さんの呼びかけにも応じることなく、そのまま出ていってしまった。