眠りの森には二つのキッチンがある。
シェフ専用のプロキッチンと家族専用のファミリーキッチンだ。

プロキッチンは、主に薫の作業部屋となっている。

普段、住人が使っているのは、使い勝手の良い、小ぢんまりとしたファミリーキッチンの方で、別室にちゃんとしたリビング・ダイニングがあるにもかかわらず、住人は皆、居心地の良いここに集まってくる。

九月第一日曜、早朝。
東の出窓から、今日も、生まれたばかりの朝陽が眩しくキッチンに差し込む。

「んーん、気持ちいい!」

窓を開け放つと、夏とは少しだけ違う、初秋を感じるクールな風が舞い込む。

薫は小振りのじょうろを手にすると、水道のカランを捻りながら言う。

「今日はお天気もいいし、ディナーはお庭でバーベキューよ!」
「……う……ん、いいわ……ねっ」

対面キッチンのカウンター席で、徹夜明けの登麻里が、ブラックコーヒー片手に欠伸を繰り返しながら返事をする。

「流石、三徹は……もうダメ……ひと眠りする……ゴメン……手伝えない」
「気にしないで、ゆっくり休んで」
「……ありがとう……薫……優しい。愛してる……サンキュー」

片手を上げ、登麻里はヨロヨロとキッチンを出て行く。

「あっ、登麻里先生、おはようございます。ん、お休みなさい?」
「登麻里ちゃん、おはよう! いつも以上にグダグダだね。おやすみ~」

礼儀正しい琶子と、朝からテンションの高い桃花は、這うように自室に向かう登麻里の背に手を振り見送る。