「ここが眠りの森だ。安心しろ。お前を苦しめる者は、もういない」

金成は車を停めると、バックミラー越しに後部席を見る。
中綿が飛び出た、ボロボロのクマの縫いぐるみをギュッと抱く少女は、口を一文字に結び、何かを堪えるように、自分の爪先をジッと見つめている。

「おっ、来たな」

金成は玄関の扉が開くと、車から外に出る。

「金成さん、お待ちしておりました」

後部席のドアを開ける金成に登真理が声を掛ける。
金成は少女のシートベルトを外し、おいで、と一つ頷き、身を起こす。

金成に促され、少女はおずおず、といったように、ゆっくりした動作で車を降りる。

「水希ちゃんね。よろしく。池田登麻里です」

登麻里は身を屈めると、水希の目線で挨拶する。
水希はギュッと縫いぐるみを抱き締める。

「水希ちゃんはお菓子好き? ちょうどこれからおやつの時間なの、一緒に食べましょう」

水希はおやつと聞き、ああ、お腹が空いていたんだ、と急に思い出す。
登麻里は水希の小さな手を握ると、「いっぱい用意したのよ」と玄関を入る。

金成は二人の後姿を見送り、近付く気配に振り向く。

「あの子か、お祖父さんが引き取りたい、と探している子は」
「ああ、全く市之助氏にも困ったものだ。何人、竹馬の友が居るんだ!」
「で、また、琶子同様、ここにかくまうのか」
「ああ、お前も分かっているだろ。市之助氏の手に委ねたらどうなるかぐらい」

清はヤレヤレと頭を振る。

「だな、溺愛され、堕落して、人間失格になってしまうだろうな」

二人は、相変わらず無茶ぶりの市之助を思い、ゲンナリする。