そう、あの日、清は行先も告げず、助手席に琶子を乗せると車を発車した。
最初に向かったのはアーケード付きの商店街だった。
そこは巷で言うところの、いわゆるシャッター通りだった。

こんなところに何の用があるのだろう、と琶子が不思議に思っていると、ここは衰退した商店街ではなく、全国の老舗店や著名店が集結してできたセレブリティ商店街だ、と清は説明した。

そう言われれば、とよく見れば、街道は暖色系のインターロッキングブロックが敷き詰められ、どのシャッターにも美しい浮世絵が描かれていた。そして、それらを照らすように、街灯や店先の脇や軒には、温かでレトロな明かりが灯されていた。

その幻想的で美しい様を、何故か懐かしく思いながらも、妖の世界への入り口にも見え、瞬時に、琶子はこの場所が好きになった。

清はその通りにある一軒の店先で車を停めた。
看板は出ていなかったが、インターフォン横に小さなプレートが掛けてあり、そこに『MEMORY』と書いてあった。

「MEMORY(メモリー)?」
「ああ、宝石店だ」

宝石店に何の用があるのだろう、と琶子は首を捻りながらも、清に続きシャッターをくぐった。

「ウワァー」その途端、感嘆の声が出た。

まさか、こんなシャッター奥に、こんなゴージャスで上品な空間が広がっているとは、思いも寄らなかったからだ。

「あれっ? ここ」

だが、すぐ、不思議な感覚に襲われた。
つい先日、こんな光景を見たような気がした。
デジャヴ? と少し薄気味悪くなりながらも、記憶を辿ってみる。そして、アッ、と思い出す。

資料で見ていたインテリア雑誌。その『高級サロン特集』の一ページ目を飾っていた、あの写真の部屋だと。

「榊原様、お待ちしておりました。なるほど、こちらが……。美しいお嬢様ですね。おめでとうございます。ようこそ、いらっしゃいました。店主の扇喜三郎です」

恭しく琶子に挨拶をする扇氏は、とてもダンディーな老紳士で、ケンタッキー前に立っているカーネルサンダース氏に少し似ていた。

ちなみに、あのセレブリティー商店街、実は隠れロケ地でもあり、数多くの映画、ドラマ、雑誌に使われているとのことだった。
どうりで懐かしく感じたわけだ、と琶子は納得した。