時枝事務局長が、ソッとハンカチを差し出す。
「どうぞ、お側にいらしてあげて下さい」
その声は、今までにないほど優しかった。
琶子はハンカチを受け取り、目頭を押さえると、一歩一歩、窓辺に近付く。
敏子にあと一歩で手が届く、というところまで来た時、突然、琶子の足が止まる。
あっ、あっ、と声にならない声が、琶子の口から漏れ出る。
そして、大声で泣き出した。
「どうした、琶子!」
清が駆け寄り、琶子を抱き締める。
「私の、私の書いた本!」
敏子の膝の上にあったのは、彼女が書店でも見つめていた『今があるから明日も』だった。
徐に事務局長が話し出す。
「それは敏子様の宝物です。著書が出版された時、市之助様から贈られたものだそうです。とても大切にされていて、いつもお側にあります」
言い終わったと同時に時枝事務局長が、アッと大声を出し、ワナワナと震える指で琶子を指差す。
「娘の著書だとおっしゃって、娘……貴女が『今ある』の! ウソッ、スゴイ! 私、貴女の大ファンです」
興奮気に言い切ると、事務局長はまた、アッと声を上げ、今度は顔を引き攣らせ、こんな時にカミングアウトして、本当にすいません、と何度も謝りながらも、後でサインを下さい、と懇願する。
その姿があまりに必死で、あまりに可愛く、あまりに可笑しくて、琶子の顔に笑みが戻る。


