琶子の母親、近江敏子の部屋は803号室。最上階の特別室だった。
やはり市之助氏、やることが半端ない! と金成は苦笑する。
「最上階は三部屋のみで、2LDKのお部屋は、バス・トイレ・ミニキッチンが完備され、敏子様のお部屋タイプは、居間が和室で、ベッドルームが洋室となっております」
事務局長は話しながらコンコンと二度ノックし、返事を待たずドアを開ける。
「敏子様、お客様です」
部屋はローズホテルのスイートより狭いが、備え付けの調度品は品の良い高級なものばかりだ。きっと市之助チョイスだろう、と清は部屋を見回す。
敏子は窓辺に置かれたロッキングチェアに、生成りのセーター姿で座っていた。膝から下は茶褐色の温かそうなひざ掛けに覆われ、その上に何か乗っているのが見えた。
「……お母さん」
声を掛ける琶子に、敏子はやはり反応を示さない。
書店の時同様、ジッと一点を見つめるばかりだ。
「敏子様がこちらに入居されたのは、今から十年前のことです。その時は、まだお元気でした」
時枝事務局長が説明を始める。
「お気付きだと思いますが、敏子様は若年性アルツハイマーを患っておいでです」
清は、やっぱり、と金成を見る。金成も黙って頷く。
「ご存知かもしれませんが、若年性の場合、通常のそれより、かなり進行速度が速まります。症状は色々ですが、敏子様の場合、顕著な症状が現れ……五年で現状態……覚醒する時間が非常に短くなっているのが現状です」
「それは治らないのですか?」
「……お気の毒ですが」
時枝事務局長がフルフルと首を横に振ると、たちまち琶子の目に涙が溢れる。


