だが、清は琶子の言葉を素直に受け入れられなかった。
昨日あの書店に行かなかったら……琶子の母親と会わなかったら……。
彼女の母親探しなどしなかっただろう。買い被りもいいところだ。
祖父の思惑は何だ! 清は想定外のことばかりにイラつく。
「何を考えている?」
金成がポンと清の肩を叩く。
「まぁ、掌で転がされているようで面白くないのは分かる」
チッと舌打ちし、俺も今回のことは胸糞悪い、と眉間に皺を寄せる。
「だが、たぶんだが、市之助氏は、時期総帥のお前の成長を願い、試練という名の学びの場を与えているのだろう」
金成の目が琶子を見る。
「近頃、お前はめっきり人間らしくなった。琶子が多大に影響していると思うが、それにエッセンスを添えているのが市之助氏だ。良薬は口に苦しというが、爺さんは毒であり薬でもある。流石天下の大御所だけある、底知れぬ怪物だ」
そう思うだろ? と言い、ガハハと豪快に笑う。
怪物ねぇ。確かに、昔も今も、祖父は得体の知れない怪物だ。
彼のようになりたくなくて、反発した時期もあった。特に両親が死んだ直後は……。
だが、血は争えない。いつしか気付いた。彼の背を懸命に追っている自分がいることを。そして、その背の後に、幾万人もの姿があり、その後にも……。
その重圧が冷たい鎧を作り、我が身を包み、まるでサイボーグのようになった。
確かに、コイツの存在が生活にメリハリを付け、仕事とプライベートのオン・オフの切り替えができるようになった。
それが心の余裕というものなのかもしれない。そして、それが金成の言うところの『人間らしさ』に見えるのかもしれない。
そういえば、と清は思う。
他人のことよりもまず自分だった筈が、今は琶子の幸せを一番に考えている。
そして、琶子の幸せが自分の一番の幸せになっている。
だからだ! 彼女の中にある母親への悲哀な拘りを全て拭い去ってやりたい。
清は心からそう思っていた。
もしかしたら、祖父が望んでいることとはこれなのか?
他人を思いやる心……イヤ! 流石にそんな殊勝な人ではない。
清は愚かな考えを振り払うと事務局長を促す。
「時枝さん、行きましょう!」


