黙って話を聞いていた琶子が、もどかしそうに訊ねる。

「あのとは、どのですか? 高柳さんって、誰ですか?」

清と則武は顔を見合わせ、一瞬顔を歪める。
どうも説明するのが嫌そうだ。

それでも、仕方がない、と頷き合い、清は、お前が話せ、と顎をしゃくり指示する。

則武は、しょうがないな、というように肩をすくめ、「説明しよう!」と謎解きする探偵のように厳かに話し出す。

則武の説明は端的で分かり易かった。
なるほど、と琶子は「あの」を理解する。高柳聖人は、則武と清のご学友だった。

「でね、琶子先生、俺たちは幼児部から高等部まで一緒だったんだよ」
「だったら、高柳さんもお金持ちなんですね」

「いや、正しくは『だった』だよ。三代目の親父さんは商才がなかったんだろうね。あっという間に落ちぶれ、一家離散」

一家離散……。
その言葉が矢じりとなって琶子の胸に突き刺さる。

「……同じですね」

俯き加減に琶子が言葉を漏らす。
清と則武は、だから話したくなかったんだ、と聞こえてきそうな溜息を付く。

静まり返った社長室に、水槽からエアポンプの稼働音がブーと響く。

桔梗を失ってから数年、ここに居る魚たちが則武を癒してきたのだろうか?
琶子は水の中で優美に泳ぐ赤や青……色鮮やかな熱帯魚たちをボンヤリ眺めながら、そんな要らぬことを思う。

そして、その中の一匹に目が釘付けになる。
ニモとそっくり!
それは、オレンジと白のコントラストが可愛いクマノミだった。

長編アニメーション『ファインディング・ニモ』は、映画館で母親と最後に見た映画だ。その主人公がクマノミのニモだ。そして、その後悲劇は起こった。

「琶子、大丈夫か?」

清が琶子の震える手を取り、ギュッ握る。
温かな手。この人の手に、いつも助けられる。琶子はその手の上に自分の手を重ね、コクンと頷く。

「話を続けていいかい?」

則武が遠慮がちに聞く。
琶子が頷くと、則武は静かに語り始めるが、その内容はシビアなものだった。

「……まぁ、アイツは昔から大人しく、本の虫だったしな、親父さんが会社を潰さなくても、奴の代で潰れていただろうよ」

結局、高柳聖人も商才は無い、と言いたいのだろう。
琶子は人のよさそうな黒縁眼鏡の彼を思い出す。

「そう言えば、奴の姉さんが、どこだったかの施設で働いているって聞いたことがある」

「そこだ!」

清が突然声を上げる。