一度目は信じられないというように……二度目は確信するように……琶子は母を呼ぶ。

「お母さんでしょう!」

だが、ボンヤリ佇む女性の視線は、ただ一心に『今ある』の表紙を見つめるばかりだ。

清が重々しい声で尋ねる。

「琶子、確かなのか?」
「間違いありません」

記憶の母より痩せて、髪に白髪が混じり、顔に皺が刻まれていても、自分を産み、あの日まで確かに育ててくれた母親を見まちがえる筈がない。

琶子は涙を堪えるように、唇をグッと噛む。
そして、もう一度声を掛ける。

「お母さんでしょう! どうしたの? 琶子だよ」

清の目前で、琶子は必死に呼び掛ける。
だが、何の反応も示さない。

女性はコートも羽織らず薄着だが、寒さを感じている様子もない。
何かおかしい? 清は二人をジッと見つめる。

琶子が彼女の手をギュッと握ったその時。

「あっ、お客さん、すみません」

さっきの店員が騒ぎを聞き付け、慌てて飛んで来た。

「おばさん、ダメだよ。そんな恰好で」
「あの……その人……」

店員は彼女のことを知っているようだ。

琶子を一瞥すると、無言で琶子の手を女性の手から剥がす。そして、ペコリと頭を下げると、彼女を伴い売り場フロアからエレベーターホールに向かう。

二人の後を追おうとする琶子の肩を清が掴む。

「清さん、放して! お母さんが行っちゃう!」

琶子はその手を剥がそうと試みるが、逆にその手を強く握られる。

「琶子、落ち着け。大丈夫だ。後でちゃんと彼女の居所を聞こう。彼女、あの姿のままでは風邪をひく」

清は二人の後姿を見つめ、違和感を覚えた。
やっぱり、様子が変だ。今は追わない方がいい。そう判断したのだ。

「でも、でも」と琶子はとうとう堪え切れず泣き出す。
その様子に清の胸は痛んだが、心を鬼する。

「取り敢えず、閉店時間だ、ここを出よう」

清は琶子の肩を抱き、ポケットからスマホを取り出すとパネルをタッチする。

「則武? 俺だ。今どこにいる? 分かった。じゃあ、すぐ行く。そこに居てくれ」