榊原邸のリビング。

市之助と金成、ローテーブルを挟み、清と琶子が座る。そのテーブルに、金成が乱暴に新聞を投げ置く。

「結婚の話は聞いていた。だが、琶子の気持ちも考えず、これは如何なものか!」

「記者会見するより、ドラマチックでセンセーショナルでは?」

清は金成の怒りなど露ともせず、新聞を手に取ると、なかなか綺麗に撮れている、とニンマリする。

成り行きを見守っていた琶子は、紙面一面のキスシーンに、声も出せず、卒倒しそうになる。

「コイツは、ずっと眠りの森で眠っていたような奴だ。それをお前は、次から次へとやらかしてくれる! もう少しゆっくり、少しずつ進めないのか!」

怒り心頭の金成は、頭から湯気が出そうなぐらい真っ赤だ。その姿はまるで赤鬼だ。

「ポコ・ア・ポコかぁ、ナンセンスだね」

清が肩を竦める。

「何だと!」

拳を作り、金成は苛立ちながら、声を荒げ立ち上がる。今にも殴りかかりそうな勢いだ。火に油を注ぐ。その表現が、今のこのシーンにはピッタリな言葉だ。

だが、「巧遅拙速(こうちせっそく)」迫力ある太い声が、静かにそれを止める。

「巧遅は拙速に如かず『出来が良く遅いより、出来は悪くても速いほうが良い』のことわざがあるが、私は清に『巧速』を指示してきた。金成よ、怒らず、もう少し見守ってやってくれんか」

これには金成も驚く。
あの世界の市之助が、詫びを言い、頭を下げたのだ。

なるほど、たった一人、この世に残された血を分けた親族、その孫のためならこんな姿も厭わない……かぁ。

それは実にシュールな姿だった。