「シャラップ! 琶子。あんたがしゃべると話がややっこしくなる」

薫は乱暴に火を切り、鍋を上げ、鍋敷きに乗せる。そして、ツカツカと丸テーブルまで来ると、桔梗と登麻里の間にドカリと腰掛ける。

「いい加減になさい。死んだって言うならまだしも……」
「薫の言う通りよ。事情は何にせよ、桃花から父親を奪わないでやって」

登麻里は風子ディナーの日、ガーデンで見た桃花の寂し気な様子を思い出す。

「あの子は何も言わないけど……父親を欲しているわ。彼なんでしょ、父親」

桔梗がグッと息を飲む。そして、ギュッと両手を握り締めると、その手をジッと見つめる。それから徐に重々しい口を開く。

「……そうよ、彼よ……高徳寺が桃花の父親よ」

観念したかのような弱々しい声が答える。

「でも……彼とは一緒になれない……どうして、何で今更……」
「だから、それは誤解だった、って言ったじゃない!」

薫は、あの日、則武から聞いた話を桔梗に伝えていた。

「それでも、私を彼の一生の汚点にしたくない。こんな施設育ちの、親が誰か分からない、そんな女が由緒正しい家の嫁になんかなれない」

フッと哀し気に笑い、薫は言葉を吐き捨てる。

「傲慢ね」
「なっ、私は則武のことを思って」

「それが傲慢なの! 身を引くって、彼、貴女と別れたいって言ったの? ご家族から嫌がらせでも受けたの?」

桔梗は俯き、左右に首を振る。
薫はフンと鼻を鳴らし、冷たく言い放った。

「貴女は逃げただけ。戦うことなく厄介な人生からね。貴女は偽善者よ!」