目に留まったのは、床に残されていた小さな巾着袋だった。


あれは確か、彼の通勤バッグの取っ手にぶら下がっていたものと同じ物。

どうして今、これを持っているの?

そもそも、お風呂に入りに来ていたはずの彼が、どうしてワザワザ持ってきたの?


疑問ばかりが浮かびながらも、私は巾着袋を拾い上げる。

それを手にした私は、また不思議な空気に包まれたのだ。


「これ、あなたのですよね? 電車で助けてもらった時にお見かけした覚えが……」


巾着袋を彼に差し出した私の手を、彼は強く掴むと何も言わずに私の手を引き歩き出した。

強引に手を引かれた私は、エレベーターに乗せられ。

彼がボタンを押したのが最上階だと知り、エレベーター内に掛けられている管内案内図を確認した。


最上階には、スィートルームと会議室。屋上に出られる階段があるようだ。


「あの、夕凪さん。どこに行くつもりなんですか? 湯冷めしちゃいますよ?」


私の問いかけに、彼は答える事無く。通過する各階の数字を見つめている。

さっきから、私の手は彼に握られたままだ。

エレベーターに私を乗せた時点で、私に逃げ場など無いのだから離せばいいものを。

彼は、当然のように私の手を離そうとしない。