「ふーっ、いい湯だったぁ」


身体からは、ポカポカと湯気が立っている。

濡れた髪は適当にドライヤーをかけてみたけれど、完全に乾ききる前に一つにくくった。

化粧水と乳液くらいは塗ったけれど、完全にすっぴん以外の何者でもない。

でもまぁ、誰に会うわけじゃないし。

部屋に戻るまでだからなぁ。

そもそも、浴衣姿でフルメイクなんて、一番アンバランスだよね。


「忘れ物は無いよね。後はお財布とカードキーと……」


女湯から部屋に戻るため、手元の貴重品ばかり気にしていた私は、前から歩いて来た人に全く気付かず、派手に体当たりしてしまった。


「……ってぇ」

「すみません! ごめんなさい。大丈夫ですか?」


目の前で座り込んでいるのは、大浴場の男湯に向かっていた人なのだろう。

足元には着替えらしき洋服が散らばっていた。


私は慌てて、絨毯張りの床に落ちている洋服を拾い上げる。

男性は胸元に手を当てたまま、私を見上げた。


「あっ、さっきの! えっと、夕凪……さん」

「……また、あんたか」


明らかに棘のある言い方をされた私は、少しムッとして足元に座り込んでいる彼を見下ろしながら言った。


「またって。見たところ髪が濡れてるからお風呂上がりですよね? たまたま、お風呂に来ていた時間帯が同じだったってだけでしょ」