ガサッと模造紙を取り払い、碧人は私から背を向けた。

そして、私の前に差し出された碧人の手に躊躇う事無く、つかまり、立ち上がる。


「こっちは俺が貼っとく。涼香は帰る支度でもすれば?」

「あ、うん。それじゃ、お願い」


碧人から指示されてしまったら、私は廊下に居る意味もない。

未だ熱くなっている頬に手を当てながら、廊下に碧人一人を残し教室内へと戻る。


窓際の一番後ろ。

私は、机の上に置きっぱなしにしていたバッグを手にした。


「馬鹿ね。これじゃあ私がチョークを試させた意味がなくなっちゃうじゃない」


バッグの中から、ひょっこり顔を覗かせたのは、今まで姿を消していたレイだった。

突然のレイの登場に、驚いた私はとっさにバッグの口を閉じる。


「ちょっと! 開けなさいってば!」

「どうして急に出てくるのよ。びっくりするじゃない」


ゆっくりと閉じたバッグの口を開きながら尋ねた私に、レイはバッグの隙間から飛び出した。


「どうするの? この状況も、無かった事にする? 涼香が望めば……」

「いや。なかった事になんか出来ない」


というか、したくない。

消してしまったら、碧人が私の頬にキスした事さえ無かった事になってしまう。


ちょっとだけ、碧人と私が幼馴染以上になれた瞬間を、消してしまう事なんて、したくないと思ったのだ。