ある町の山際に龍神乃池があっ
た。
 龍神乃池は競技用プールぐらい
の広さで、山の雪解け水が流れ込
み、青く澄んでいた。
 昔は池に棲むといわれた龍の怒
りを鎮めるための祠(ほこら)が
あったが、今は朽ち果て、どこに
あったかも分からない状態だっ
た。
 龍神乃池の近くに10年前から
整備されるようになったキャンプ
場は人気があり、夏の行楽シーズ
ンになると大勢の人が訪れた。
 そのせいか龍神乃池は遊泳禁止
になっていたのだが、毎年泳ぐ者
がいて水死事故が後を絶たなかっ
た。
 水死事故があるたびに龍神のタ
タリが話題になり、それが怖い物
見たさでさらに人を集めた。
 安全対策の不備を指摘する声も
あったが、自然の景観をくずさな
いで欲しいという意見のほうが多
く、柵などは設けていなかった。

 夏休みに入り、カップル3組で
一緒にキャンプに来ていた大学生
グループは、昼にバーベキューと
酒で盛り上がり、その中のひとり
冴垣淳也も酒を飲んで酔ってい
た。
 心配した淳也の恋人、江崎由香
が、
「ジュンちゃん。お酒弱いんだか
ら、もうよしたほうがいいよ」
 淳也はうつろな目をして、
「うん、分かった。でも、あと一
杯。へへへ」
 由香は淳也が酒を飲むと手がつ
けられなくなるのを知っていたの
で、そっとその場を抜けた。
(もう、みんなジュンちゃんがお
酒弱いの知ってるくせに…)
 由香も少し酔っていたので遊歩
道を歩き、龍神乃池までやって来
て涼しい風で酔い覚ましをした。