「ズバリ、恋は先手必勝………へっくし!」


 放課後の生物室。埃っぽい空気と薬品の臭いに鼻がムズムズするのを我慢していたら思わずくしゃみが出た。おかげで折角の決め台詞もカッコがつかない状態で終わってしまった。
 けれど目の前の丸くて可愛らしい瞳はビームが出てきそうなほどにキラキラと光っている。どうやら私のこのくしゃみですら目に入らないほど感激しているようだ。その事に内心ホッとしながら私は続けて言った。


「可愛くなるための努力は惜しんじゃダメ!なぜなら可愛くなろうとしてる姿が相手にもちゃんと伝わるから」
「はい!」
西山(にしやま)さんはいつも好きな人の前だとちょっと(うつむ)きがちだよね」
「あ、そうですね……」
「そんなんじゃダメだよ、ちゃんと目を見て話すのも相手にはポイント高いんだから」
「でも、緊張しちゃって……」


 西山さんの不安に揺れた声が小さく萎んでいく。
 恋する乙女はなんて可愛いんだ!その不安気な表情も声も萌え要素の塊でしかない!
 込み上げてくる彼女に抱きついてしまいたい衝動を何とか抑えて、西山さんの肩をガシリと掴む。ビクリと揺れる小さな肩をしっかりと捕まえたまま、私はさも経験豊富な大人気取りで余裕のスマイル浮かべてみせた。


「分かるよ、西山さんのその気持ち」
(かじ)さん……」


 真っ直ぐに私を見つめるその瞳がうるうると揺らいでいく。うっ、ゲーム換算すれば2000ptぐらいのダメージだろうか。ピュアな女の子の涙目ほど破壊力のあるものは存在しないだろう。
 けれど、優しく慰めてあげるだけではダメだ。自他共に認める恋愛マスターとして、ここは飴だけでなく鞭も与えなくては。


「でもね西山さん、好きな人にはどんな小さなことでもアピールしていかなきゃ。まずは相手の視界に入れて貰わなきゃ何も始まらないじゃない」
「……うん、梶さんの言うとおりだよね。私、今まで何もしてこなかったもん。恥ずかしいとか嫌われちゃうのが怖いとかそんな言い訳作って逃げてばかりで……」
「仕方ないよ……だって、恋は人を臆病にさせるものだから」
「梶さん……ううん、恋愛マスター!ありがとう御座います、こんな私の相談に乗ってくれて。おかげで勇気が出てきました。明日から頑張ってみます!」
「応援してる!頑張ってね!」
「はい!……あの、何かあった時はまた相談してもいいですか」
「勿論だよ、だって私は……」


 そう、だって私は自他共に認める……


「みんなの恋愛マスターだからね」


 恋愛マスター。私、梶 汐里(かじしおり)の別名だ。