目覚めると同時に私は例の缶に走った。

かなりすっきりした感じから、寝すぎたことが分かる。


リビングに掛かった時計を見ると、十二時過ぎだ。

こんなに眠ったのは、熱を出したとき以来だ。

彼が死んでからまともな睡眠をとれていなかったから、疲れが溜まっていたのだろう。


録音機の電源を入れながら、こたつの例の特等席に座る。

イヤホンを両耳にはめた。

電源が入るまでの僅かな時間ももどかしい。

選曲ボタンをカチカチと何回も押してしまう。


今日はどんな曲だろう。今日はどんな話をしてくれるんだろう。


楽しみで楽しみでたまらないこの気持ちは、彼の新曲を初めて聴けるときの気持ちに似ていた。


電源が入った瞬間にtrack2を選び、再生ボタンを押す。

少ししてから両耳に溢れる彼の声に、昨日同じ状況で聴いたばかりなのに、ぶわっと涙が滲みそうになった。


『…えーっと、あー、おはよう、優梨花。昨日はよく眠れた?』


よく眠れたーー眠りすぎて、もうおはようの時間は終わってしまったよ。

ごめんね、瞬一……


『よし、優梨花。天気が良ければ、カーテンを開けよう。今どこかな?家かな?家に居るんだったら、カーテンを開けて陽の光を浴びよう』


カーテンに目をやると、その隙間からは明るい光が差し込んでいた。天気は良さそうだ。

私はイヤホンを耳に挿したまま、カーテンを開けるために立ち上がる。


『こっちはね、すんごくいい天気だよ。雲ひとつない青空。優梨花はどうかなぁ』


カーテンを引き開けた。ここは3階だからたくさん建物に囲まれていて、見晴らしが良いとはいえない。

でも、建物の隙間から見える空はしっかり青色だ。

筆の先を近づけたら、青い絵の具がつきそうな、そんな曇りのないとても綺麗な青色だ。

空模様が同じだけで、彼と同じ空を見上げているようで嬉しくなった。


『俺ね、すっきり晴れた青い空見たら、あの日のこと思い出すんだよね』


……あの日のこと?


『優梨花が彼女になってくれた日のこと』


彼はそこで言葉を切った。

そうだ。確かにあの日も今日とおんなじくらい澄み渡った青空だった。

彼に告白をされた次の日のことだ。

いつもなら爽やかで清々しい気持ちで過ごせるような陽気だったけれど、そんなことは忘れてしまうくらいに、一生分とも思える量のドキドキを味わった日だった。