涼人が一升瓶とつまみを持って僕の家に着いたのは午後七時を回った頃だった。家ですでに風呂は済ましてきたらしく、服は大きめのジャージとラフな格好だ。
「いらっしゃい、夕飯もうちょっとで出来上がる」
「お、今日の夕飯はな~にかな~」
家に入るなり鼻をひくつかせて涼人は部屋の匂いを嗅ぐ。
「親子丼だよ」
「なるほど。伝達よ、また腕を上げたな」
「まだ食べてないだろ」
「匂いを嗅げば大抵のことは分かるんだよ」
「犬かよ」
「犬以上かもしれない」
「なら教科書の匂いを嗅いでおけば単位が取れるんじゃない」
「おお、ナイスアイディア! 今度試してみよう。ッておい!」
「…………」
「…………」
「……ノリつっこみはしらける可能性高いから使い時ちゃんと考えたほうがいいよ」
「いーじゃん! 二人なんだし!」
涼人は恥ずかしさを誤魔化しながら僕の右肩を叩いた。涼人のつっこみは結構痛い。僕は叩かれた右肩を摩りながら部屋に入ると親子丼作りの続きを再開する。
「あとどんくらい?」
「浅葱乗せるだけ」
「じゃあビール出しとくぜ~」
そういうと涼人は勝手に冷蔵庫を開け、中から缶ビールを二本取り出す。冷蔵庫を覗かれたり、本棚を覗かれたりするのは自分の内面を覗かれているようであまり好きではないのだが、涼人に関してはいつものことだ。もう慣れた。
親子丼が出来上がり、テーブルに持っていくと涼人は目を光らせる。
「手料理久しぶりだわ~。作ってくれたのが男の伝達ってのがアレだけど」
「うっせ」
涼人は自分で料理をしない。前に聞いたら大体はコンビニか牛丼チェーンで済ましているらしい。
親子丼を机に置いて涼人の斜め横に座る。「これ絶対美味いやつじゃん!」と見た目の感想を涼人が述べる。言葉にするときっと涼人は気持ち悪がるから言わないが、今日の親子丼は涼人への感謝のつもりで作ったので少し手の込んだ自信作だ。
プッシュっと缶から炭酸が抜ける気持ちのいい音が二つ響く。
「ほいじゃ、かんぱーい!」
乾杯のコールを涼人が掛け、二人の晩餐が始まる。
涼人が三本、僕が一本の缶ビールを飲み、お酒をビールから焼酎に移した頃にはお互い酔いが回ってきた。
「悔しいが今日の親子丼は美味かった」
涼人がつまみとして持ってきたさきイカを咥えながら言う。作り手からすると口に出して「おいしい」と言ってもらえるのは相手が誰であろうと嬉しいことだ。何が悔しいのか分からないけど。
「またいつか作ってあげるよ」
「それもいいけど、作り方教えてくれよ」
「教えるのはいいけど、どうせ作らないだろ」
「まぁ、それもそうか。俺はシェフタイプじゃなくてグルメ評論家タイプだし」
妙に納得してしまった涼人は、氷が解けてかなり薄まってしまっただろう焼酎を一気に仰ぎ、ふぅ、と息を吐いた。晩酌も終盤に入り、僕も涼人も平静を取り戻しつつある。
「水か何かいる?」
「んにぁ、もう一杯飲む。あぁ、でも水で割るから水道借りる」
そう言って涼人は自ら一升瓶を持ち、焼酎を自分のグラスに注ぐ。様子を見る限り、涼人の方が僕より酔っている。
「なぁ」
「ん?」
涼人が立ち上がり、水道に向かいながら声をかけてきた。
「先週から気になってたこと訊いていいか?」
何か来ると思った。涼人が真面目な質問をするときは大抵最初に訊いていいかと確認をとる。
僕としては今現在、涼人に隠していることは何もないし隠すつもりもない。
「いいけど、何?」
「その棚に倒してある写真立て、送葉ちゃんだよな?」
ああ、なるほど。やっぱり涼人はよく見ている。先週から訊きたかったということは先週泊まりに来ていた時から気づいていたのか。心配かけまいとしたことが裏目に出てしまった。僕としたことが、詰めが甘い。
「ごめん、隠すつもりとかそういうつもりはなかったんだ。そうだよ、送葉とのツーショット」
僕がそう答えると涼人は「ふ~ん」と言って新しく入れた焼酎を口にして自分が元いた場所に座った。部屋に小さな沈黙が訪れる。僕はそこからさらに何か訊かれると思っていたからなんだか居心地が悪くなってしまった。身体を捩じって腰の骨を鳴らす。
今度は僕が席を立ち、コップを洗って冷蔵庫から麦茶を出して洗ったコップに注いだ。お酒が飲めるようになったからと言って、僕は涼人ほど強くはない。
「送葉ちゃん、変わった子だったよな」
僕が席に着くなり涼人は言った。涼人は僕繋がりで送葉との交流がそれなりにあった。食事などに行ったことも数度ある。さっきはきっとこれ以上送葉のことを口にしていいのか悩んでいたのだろう。実際、送葉の葬儀が終わってから送葉の話をするのは初めてだった。そして酔っているからかもしれないが、悩んだ結果、結局口にしてしまうあたりが涼人らしい。
「それ、彼氏の俺に言うことかよ」
僕は笑う。
「彼氏……ね……」
焼酎を口に運びながら涼人が呟く。
「あ……」
小さく声が漏れた。
涼人がそう口にしてから気づいた。口が滑ったわけではない。僕は素で今までそう思っていた。でも、他人がそう思っているとは限らない。世間的には僕と送葉の関係が、送葉の死を境に終わっていたとしても何らおかしくない。
急に空気が重くなったような気がした。
「……すまん」
涼人は人の機微に気付くのが上手い。それは酔っていたとしても変わらない。僕の心情をすぐに察知し、そして謝った。
「いや、いいんだ。もう半年も経ってるしね、そう思うのが当たり前かもしれない」
「あんだけの事があって半年で切り替えられるわけなよな」
「そんなことないよ。僕だって半年経って大分立ち直れたし。最初なんて酷かっただろ。それに比べればもう全然だよ」
「俺から言い出しといて悪いけど、もうこの話はやめにしよう。これ以上は俺が嫌な奴になる」
「……わかった」
そんなことはないとは言えなかった。もちろん涼人が僕にとって嫌な奴になるとは思わない。それでも、これ以上送葉の話を続けてしまったら半年の間に築いてきたものが崩れてしまうような気がした。それがなんだか怖かった。そして気付いた。僕が半年の間に作り上げてきた心の鎧は他人に少し突かれるだけで崩れてしまうほどに実はとても脆いものだということに。涼人はそれに、僕の鎧に触るだけで気づいた。そして僕も触れられて初めて気が付いた。
僕は誤魔化し方を覚えただけなのかもしれない。薄っぺらくて弱弱しい鎧の中身はまだ傷だらけなのかもしれない。実はまだ何も立ち直れていないのかもしれない。立ち直ることなんて出来ないのかもしれない……。
その日はその後、僕も涼人もどこかよそよそしくなってしまい、日をまたぐ頃に不自然な流れで、お互い寝床に入った。
ベッドの下から涼人の寝息が聞こえる。僕はなかなか寝付くことができずにいた。ベッドの上でいろいろと考えているうちに酔いはすっかり醒めてしまった。最近はそんなことなかったのだが、今日は何かが違う。原因はさっきの会話だろうか。送葉に手紙を出す前とはまた違った心地だった。さっき自分の弱さを再確認したが、以前のように深刻に思い詰めているわけでもない。送葉がいないことはちゃんと受け入れている。じゃあ、このいたたまらない感情は何だ。それをさっきからずっと考えていて、わからないから諦めて寝ようともしたが、いつの間にか同じことを考えていた。
結局のところ、僕はまだ送葉に未練があるんだと思う。それもそうだろう。送葉との別れはお互いが望んだことでもなければ、どちらかが望んだことでもない。言葉通りの事故だったのだから。考えてみれば未練がないわけがない。それはきっと仕方ないことで、僕が僕の中で送葉をありのまま留めることができている間はなくなることがないものなのかもしれない。
僕はこのやるせない気持ちと一生付き合っていくしかないんだろう。それが嫌なわけではない。今となってはこの気持ちが送葉を想うのには必要な要素だ。この感情がないことには僕が死んでしまった送葉を想うことはできないだろう。嫌な想い方だとつくづく思う。
ただ、これから生きていくうえでは今のままではいけないのだ。
僕はこの気持ちとしっかりと付き合っていくための強さが欲しい。不自由な感情は放棄するのではなく、他のもので補完したい。僕は不器用なんだろう。もっと楽な生き方が沢山あることは知っているのに、それを選ぶことはどうしてもできない。しようとも思わない。
送葉を自分の妄想で進めるのではなく、僕が前に進まなければいけない。そう送葉へ送った手紙にも書いたじゃないか。
なら、僕はどう変わればいい?
わからない。またここで行き詰った。僕は一体どうなればいいのだろう。僕がどう変わればこのどうしようもない未練と上手く付き合っていけるのだろう。送葉の死は言ってしまえば僕に反省する余地がない出来事だ。その点では変わるべきところも、変わるための方法も、まったくもって検討がつかない。
送葉のことを忘れる? ありえない。こんなことは本意じゃない。根本から間違っている。
新しい彼女をつくる? 馬鹿げている。そんなことでこの問題が解決すると思えないし、そのために彼女を作るのは人として間違っているのではないか。いや、そうやって生きるのが逆に人間らしいのだろうか。でも、そもそも僕は今現在、送葉以外の異性に恋愛感情を抱くことはできそうもない。
ならば時間が解決してくれる? どうだろうか。それは僕が強くなったと言えるのだろうか。違う。それは慣れただけだ。しかし慣れるということも強くなるということの一つになるのではないか。なら、僕はいつになれば慣れることができるのだろうか。皆目見当がつかない。いいや、やっぱり違う。今回もそうだったじゃないか。慣れたところで違う角度から突かれれば僕の弱さは簡単に露呈する。やはり、それは慣れただけであって僕自身が芯から強くなったことにはならない。
それなら……。
思い浮かぶだけのことを片っ端から脳内で羅列し、検討し、破棄する。そうして逡巡したところで答えは出ない。出るはずがない。そもそも僕が欲している『強さ』とはなんだ。
どう考えても答えにたどり着けそうにない。考えれば考えるほど疑問は底なし沼のように深いものになっていく。考えるよりも行動とも言うが、何を行動すればいいのかもわからない。行動して解決するものでもないだろう。
今日のところは本当に諦めよう。どうにも一晩で解決するとは思えない。明日はバイトだ。寝なくては。この問題はいち早く解決したいが、個人的な問題なのでいち早く解決する必要はない。時間はいくらでもある。僕は仰向けから横向きに寝返りを打った。ベッドが軋むと同時に胸も軋む。この軋みとは長い付き合いになりそうだ。
そんなことを考えながら僕はまた思いに耽る。
「いらっしゃい、夕飯もうちょっとで出来上がる」
「お、今日の夕飯はな~にかな~」
家に入るなり鼻をひくつかせて涼人は部屋の匂いを嗅ぐ。
「親子丼だよ」
「なるほど。伝達よ、また腕を上げたな」
「まだ食べてないだろ」
「匂いを嗅げば大抵のことは分かるんだよ」
「犬かよ」
「犬以上かもしれない」
「なら教科書の匂いを嗅いでおけば単位が取れるんじゃない」
「おお、ナイスアイディア! 今度試してみよう。ッておい!」
「…………」
「…………」
「……ノリつっこみはしらける可能性高いから使い時ちゃんと考えたほうがいいよ」
「いーじゃん! 二人なんだし!」
涼人は恥ずかしさを誤魔化しながら僕の右肩を叩いた。涼人のつっこみは結構痛い。僕は叩かれた右肩を摩りながら部屋に入ると親子丼作りの続きを再開する。
「あとどんくらい?」
「浅葱乗せるだけ」
「じゃあビール出しとくぜ~」
そういうと涼人は勝手に冷蔵庫を開け、中から缶ビールを二本取り出す。冷蔵庫を覗かれたり、本棚を覗かれたりするのは自分の内面を覗かれているようであまり好きではないのだが、涼人に関してはいつものことだ。もう慣れた。
親子丼が出来上がり、テーブルに持っていくと涼人は目を光らせる。
「手料理久しぶりだわ~。作ってくれたのが男の伝達ってのがアレだけど」
「うっせ」
涼人は自分で料理をしない。前に聞いたら大体はコンビニか牛丼チェーンで済ましているらしい。
親子丼を机に置いて涼人の斜め横に座る。「これ絶対美味いやつじゃん!」と見た目の感想を涼人が述べる。言葉にするときっと涼人は気持ち悪がるから言わないが、今日の親子丼は涼人への感謝のつもりで作ったので少し手の込んだ自信作だ。
プッシュっと缶から炭酸が抜ける気持ちのいい音が二つ響く。
「ほいじゃ、かんぱーい!」
乾杯のコールを涼人が掛け、二人の晩餐が始まる。
涼人が三本、僕が一本の缶ビールを飲み、お酒をビールから焼酎に移した頃にはお互い酔いが回ってきた。
「悔しいが今日の親子丼は美味かった」
涼人がつまみとして持ってきたさきイカを咥えながら言う。作り手からすると口に出して「おいしい」と言ってもらえるのは相手が誰であろうと嬉しいことだ。何が悔しいのか分からないけど。
「またいつか作ってあげるよ」
「それもいいけど、作り方教えてくれよ」
「教えるのはいいけど、どうせ作らないだろ」
「まぁ、それもそうか。俺はシェフタイプじゃなくてグルメ評論家タイプだし」
妙に納得してしまった涼人は、氷が解けてかなり薄まってしまっただろう焼酎を一気に仰ぎ、ふぅ、と息を吐いた。晩酌も終盤に入り、僕も涼人も平静を取り戻しつつある。
「水か何かいる?」
「んにぁ、もう一杯飲む。あぁ、でも水で割るから水道借りる」
そう言って涼人は自ら一升瓶を持ち、焼酎を自分のグラスに注ぐ。様子を見る限り、涼人の方が僕より酔っている。
「なぁ」
「ん?」
涼人が立ち上がり、水道に向かいながら声をかけてきた。
「先週から気になってたこと訊いていいか?」
何か来ると思った。涼人が真面目な質問をするときは大抵最初に訊いていいかと確認をとる。
僕としては今現在、涼人に隠していることは何もないし隠すつもりもない。
「いいけど、何?」
「その棚に倒してある写真立て、送葉ちゃんだよな?」
ああ、なるほど。やっぱり涼人はよく見ている。先週から訊きたかったということは先週泊まりに来ていた時から気づいていたのか。心配かけまいとしたことが裏目に出てしまった。僕としたことが、詰めが甘い。
「ごめん、隠すつもりとかそういうつもりはなかったんだ。そうだよ、送葉とのツーショット」
僕がそう答えると涼人は「ふ~ん」と言って新しく入れた焼酎を口にして自分が元いた場所に座った。部屋に小さな沈黙が訪れる。僕はそこからさらに何か訊かれると思っていたからなんだか居心地が悪くなってしまった。身体を捩じって腰の骨を鳴らす。
今度は僕が席を立ち、コップを洗って冷蔵庫から麦茶を出して洗ったコップに注いだ。お酒が飲めるようになったからと言って、僕は涼人ほど強くはない。
「送葉ちゃん、変わった子だったよな」
僕が席に着くなり涼人は言った。涼人は僕繋がりで送葉との交流がそれなりにあった。食事などに行ったことも数度ある。さっきはきっとこれ以上送葉のことを口にしていいのか悩んでいたのだろう。実際、送葉の葬儀が終わってから送葉の話をするのは初めてだった。そして酔っているからかもしれないが、悩んだ結果、結局口にしてしまうあたりが涼人らしい。
「それ、彼氏の俺に言うことかよ」
僕は笑う。
「彼氏……ね……」
焼酎を口に運びながら涼人が呟く。
「あ……」
小さく声が漏れた。
涼人がそう口にしてから気づいた。口が滑ったわけではない。僕は素で今までそう思っていた。でも、他人がそう思っているとは限らない。世間的には僕と送葉の関係が、送葉の死を境に終わっていたとしても何らおかしくない。
急に空気が重くなったような気がした。
「……すまん」
涼人は人の機微に気付くのが上手い。それは酔っていたとしても変わらない。僕の心情をすぐに察知し、そして謝った。
「いや、いいんだ。もう半年も経ってるしね、そう思うのが当たり前かもしれない」
「あんだけの事があって半年で切り替えられるわけなよな」
「そんなことないよ。僕だって半年経って大分立ち直れたし。最初なんて酷かっただろ。それに比べればもう全然だよ」
「俺から言い出しといて悪いけど、もうこの話はやめにしよう。これ以上は俺が嫌な奴になる」
「……わかった」
そんなことはないとは言えなかった。もちろん涼人が僕にとって嫌な奴になるとは思わない。それでも、これ以上送葉の話を続けてしまったら半年の間に築いてきたものが崩れてしまうような気がした。それがなんだか怖かった。そして気付いた。僕が半年の間に作り上げてきた心の鎧は他人に少し突かれるだけで崩れてしまうほどに実はとても脆いものだということに。涼人はそれに、僕の鎧に触るだけで気づいた。そして僕も触れられて初めて気が付いた。
僕は誤魔化し方を覚えただけなのかもしれない。薄っぺらくて弱弱しい鎧の中身はまだ傷だらけなのかもしれない。実はまだ何も立ち直れていないのかもしれない。立ち直ることなんて出来ないのかもしれない……。
その日はその後、僕も涼人もどこかよそよそしくなってしまい、日をまたぐ頃に不自然な流れで、お互い寝床に入った。
ベッドの下から涼人の寝息が聞こえる。僕はなかなか寝付くことができずにいた。ベッドの上でいろいろと考えているうちに酔いはすっかり醒めてしまった。最近はそんなことなかったのだが、今日は何かが違う。原因はさっきの会話だろうか。送葉に手紙を出す前とはまた違った心地だった。さっき自分の弱さを再確認したが、以前のように深刻に思い詰めているわけでもない。送葉がいないことはちゃんと受け入れている。じゃあ、このいたたまらない感情は何だ。それをさっきからずっと考えていて、わからないから諦めて寝ようともしたが、いつの間にか同じことを考えていた。
結局のところ、僕はまだ送葉に未練があるんだと思う。それもそうだろう。送葉との別れはお互いが望んだことでもなければ、どちらかが望んだことでもない。言葉通りの事故だったのだから。考えてみれば未練がないわけがない。それはきっと仕方ないことで、僕が僕の中で送葉をありのまま留めることができている間はなくなることがないものなのかもしれない。
僕はこのやるせない気持ちと一生付き合っていくしかないんだろう。それが嫌なわけではない。今となってはこの気持ちが送葉を想うのには必要な要素だ。この感情がないことには僕が死んでしまった送葉を想うことはできないだろう。嫌な想い方だとつくづく思う。
ただ、これから生きていくうえでは今のままではいけないのだ。
僕はこの気持ちとしっかりと付き合っていくための強さが欲しい。不自由な感情は放棄するのではなく、他のもので補完したい。僕は不器用なんだろう。もっと楽な生き方が沢山あることは知っているのに、それを選ぶことはどうしてもできない。しようとも思わない。
送葉を自分の妄想で進めるのではなく、僕が前に進まなければいけない。そう送葉へ送った手紙にも書いたじゃないか。
なら、僕はどう変わればいい?
わからない。またここで行き詰った。僕は一体どうなればいいのだろう。僕がどう変わればこのどうしようもない未練と上手く付き合っていけるのだろう。送葉の死は言ってしまえば僕に反省する余地がない出来事だ。その点では変わるべきところも、変わるための方法も、まったくもって検討がつかない。
送葉のことを忘れる? ありえない。こんなことは本意じゃない。根本から間違っている。
新しい彼女をつくる? 馬鹿げている。そんなことでこの問題が解決すると思えないし、そのために彼女を作るのは人として間違っているのではないか。いや、そうやって生きるのが逆に人間らしいのだろうか。でも、そもそも僕は今現在、送葉以外の異性に恋愛感情を抱くことはできそうもない。
ならば時間が解決してくれる? どうだろうか。それは僕が強くなったと言えるのだろうか。違う。それは慣れただけだ。しかし慣れるということも強くなるということの一つになるのではないか。なら、僕はいつになれば慣れることができるのだろうか。皆目見当がつかない。いいや、やっぱり違う。今回もそうだったじゃないか。慣れたところで違う角度から突かれれば僕の弱さは簡単に露呈する。やはり、それは慣れただけであって僕自身が芯から強くなったことにはならない。
それなら……。
思い浮かぶだけのことを片っ端から脳内で羅列し、検討し、破棄する。そうして逡巡したところで答えは出ない。出るはずがない。そもそも僕が欲している『強さ』とはなんだ。
どう考えても答えにたどり着けそうにない。考えれば考えるほど疑問は底なし沼のように深いものになっていく。考えるよりも行動とも言うが、何を行動すればいいのかもわからない。行動して解決するものでもないだろう。
今日のところは本当に諦めよう。どうにも一晩で解決するとは思えない。明日はバイトだ。寝なくては。この問題はいち早く解決したいが、個人的な問題なのでいち早く解決する必要はない。時間はいくらでもある。僕は仰向けから横向きに寝返りを打った。ベッドが軋むと同時に胸も軋む。この軋みとは長い付き合いになりそうだ。
そんなことを考えながら僕はまた思いに耽る。